《MUMEI》

『櫻。あなたは、あの三人の中で誰が一番好きなの?』

『あの…三人?』


不思議そうに首を傾げる櫻に、大奥様は口調を強くして、櫻を問い詰めました。

『私の息子と孫達の事よ!』

『あぁ…』


櫻は、やっと気付いたというような表情をして、こう続けました。


『どなたも…旦那様も、治人様も昭人様も、同じように大好きです』


誰もが心を奪われそうな笑顔で、櫻は当たり前のように答えました。


大奥様も、私も思わずその笑顔に魅了されておりました。


大奥様は拳を握り締めておりましたが、美しい櫻の顔を殴る事はしませんでした。


そのかわり


『晴香。部屋を出ていなさい』


そう告げると、私を部屋から出して、櫻と二人きりで話をしておりました。


そして、しばらくすると、櫻と大奥様が部屋から出てきました。


『じゃあ、櫻。お願いね』

『はい、行って参ります』

そうして


櫻は何の疑いもなく


まだ寒い三月の夜の闇に溶けるように、どこかに消えていきました。


その手に、大奥様が『発作が起きたらこれを』と言って渡した


毒薬を握り締めて…

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