《MUMEI》

2時半を回った頃、アンリ様が出てらっしゃったので、僕は直ぐに御側へ行って、

「御持ち致します」

いつも通り、御抱えになっていたヴァイオリンのケースを肩に背負いました。

「本日のレッスンは如何でしたか?」

「あのね、歌い方が上手だって褒められたの」

嬉しそうに息を弾ませて御話しになるアンリ様。

「それでね、また新しい曲をやる事になって──」

「では──早速新しい楽譜を買いに行かなくてはですね」

僕の提案に、アンリ様はにっこりと笑って頷きました。

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