《MUMEI》 アヅサが目覚めた。 重い身を起こして、適当に頭髪剤で寝癖を直す。 朦朧とする意識で鏡に映る首筋にそっと触れる。 「あ、この角度、樹みたい……。」 堪らなくなり、鏡に思わず唇を重ねる。 アヅサは、自転車に跨がる。遅刻だが、急がない。 まだ、今月は三回遅刻出来るからだ。 「おはよ!」 教室では、若菜のお早うの嵐が始まる。 アヅサは当然、無視をする。 樹の彼女という事実が、彼の中で引っ掛かる。少しくらい欠点があれば、めちゃくちゃにしていたことであろう。 若菜は、永きに渡り築き上げた、樹との信頼関係を一瞬にして手に入れた。 アヅサにとっては身を裂く想いであった。 「斎藤君、おはよ!」 斎藤アラタは寝不足なのか怠そうな目許でゆっくり若菜を映す。 アラタは静かに瞼を擦り、長い睫毛に溜まる輝く粒を、袖で拭い取る。 「……はあ」 アラタの、乾いた溜息。 アラタは前方きっちり15度に首の角度を傾ける。 樹の癖をトレースしたようである。 若菜の言う、樹=アラタ説も信憑性が出てきたかもしれない、と思考を巡らせていた。 しかし、彼に言わせると樹の方が 「無量大数倍、愛してる。」手に顎を乗せ、口を隠して囁いた。 前へ |次へ |
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