《MUMEI》
くすぐりの刑
皆は一斉に林のほうを見た。
熊でもない。人間では絶対にない。怪しい黒い巨体がゆっくりとこちらに歩いて来る。
山賊たちは麻美から離れた。
「何だあれは?」
剣を投げ捨てると、追い剥ぎどもは走った。
「逃げろ!」
まさか敵に助けられてしまうとは。麻美は剣を拾うと、複雑な心境でドエス魔人と向き合った。
「お嬢、また会えたね」
麻美は睨みつけた。
「礼を言いたいところだが、魔人に問う。今後も村に生贄を求めるつもりか?」
「お嬢が生贄になってくれるならいいよん」
「ふざけたことを。本来なら首をはねるところだが、すぐに色魔界に帰り、二度と人間界に来ないと誓うならば、命だけは助けてやる」
魔人は耳に手を当てた。
「はあ?」
「何だその態度は?」
「お嬢。あんな山賊どもに勝てないお嬢が、僕にどうやって勝つのう?」
麻美は歯ぎしりする思いだった。確かにそうだ。追い剥ぎに危うく征服されてしまうところだった。麻美は自信が揺らいでいた。
「僕ちゃん命令されると凶暴になるよん。容赦なくとことん意地悪しちゃうけど、いいの?」
「貴様…」
麻美は怒りに燃えた。これ以上舐められてたまるかと、剣を向けた。
「ぐはぐはぎひひい。お嬢をいじめるなんて嬉しい」
魔人が歩み寄る。
「黙れ変態!」
斬りかかる麻美。しかし魔人は機敏だ。麻美の攻撃を交わすと舌が飛び出す。おなかを打つ!
「あっ…」
たまらず膝をつく麻美の手首に舌が巻きついた。
「まずい!」
次々大蛇のような舌が急襲。もう片方の手首も掴まれた。さらに両足首もぐるぐる巻きにされて空中に上げられる。
「しまった!」
麻美はもがいたがどうしようもない。
裸で手足の自由を奪われ無抵抗。魔人は笑うと、なぜか空を見上げて叫んだ。
「哀願タイム!」
麻美は強気の姿勢を崩さない。
「たいむ?」
「だってお嬢。抵抗できないってことは、あと一手で詰みでしょう。だから哀願したら許してあげるん」
「ばかな。だれが哀願なんかするか!」
その言葉を待っていたかのように、魔人は再び空を見上げて叫ぶ。
「大義名分完了!」
麻美は腹筋に力を入れて構えた。
「大義名分?」
「だってお嬢、無抵抗なおなごを攻めるのは良心が痛むでしょう。だから大義名分が必要なの」
「良心なんてないくせに」
「言ったね」魔人の目が危ない。
「それに、大義名分という言葉の意味を知ってて使っているのか?」
「言ったね」
魔人は嬉しそうだ。
「せっかく許されるチャンスを与えてあげたのに蹴るんだから、愚かなお嬢にはお仕置きが必要。ぐふふふ」
「ちゃんす?」
魔人の言葉は時々聞き取れない。
「では行くよんお嬢」
麻美は落ち着いていた。虜になど絶対にされない自信があったからだ。
「やれるものならやってみなさい!」
ドエス魔人は燃えた。これほど気の強い女は初めてだ。
どんなに勝ち気でも手足を拘束されたらおとなしくなるものだ。
しかし麻美は違う。世間知らずの怖いもの知らずか。それとも稀に見る女剣士か。
ドエス魔人は麻美の両手を高く上げて脇を丸出しにすると、言った。
「お嬢。生意気はいいんだけど、こういう意地悪をされたらどうするつもりなの?」
と、甘い脇を両手でくすぐりまくる。
「あ、あああ!」
予想外の攻撃に麻美はもがいた。
「やめろ、卑怯だぞ!」
「僕ちゃんが卑怯って今さら気づいたのお嬢?」
魔人はくすぐりをやめない。麻美は赤面して暴れた。
「やははは、やめろ、やはは、や、ははははは…」
敵に笑わされるなんて、悔しくてたまらない。麻美は涙を流して笑い苦しんだ。
「やめろ、やめろ!」
「お嬢、やめてほしいときは、やめてください、お願いしますでしょう?」
「くううう…」
麻美は意識が遠のく。このままでは失神してしまう。
「降参?」
「くううう…」
「降参?」
ドエス魔人が迫る。
麻美、危機一髪!

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