《MUMEI》

アラタは疲労した身体ではこれ以上授業が持たないと判断し、保健室に行く。

華奢から病弱、貧血の風貌になったアラタを、本気で教室内全員が心配した。


「斎藤!」
不意に後ろから呼ばれた。体育の途中膝を擦りむいた様子で、短パンから伸びた程よくついた筋肉質な脚を、片方引きずっている。

「…黒川」
そう呼ばれた彼の名は、黒川誠二、この高校の生徒会副会長である。

相貌は、生徒手帳の規律を遵守した襟足が肩につかない黒髪、穏和な口許、真っ直ぐ伸びた鼻に髪と同じ黒縁眼鏡が掛けてある。

レンズの奥に覗く瞳から、機知な彼の性格が見て取れた。
女子の中では、申し分ない完璧さから、彼氏にしたいランキングは殿堂入りしている。

アラタの前に黒川は並んだ。互いに人目に付かない場所を意識して、すぐ近くのトイレに入る。

アラタは黒川を見据える。約10センチの体格差が辛い。

黒川は顔をアラタまで下ろした。壁に手を付いて、アラタを囲む。
「隈が……、ちゃんと眠れてる?」

「見ての通り、ぐっすりね」壁に背中なんか付いた日には消毒液に一日浸かろうとアラタは思い、手で黒川の肩を軽く押した。
押したセーターの袖を無意識に腿で拭く。

「…昨日誰か来た?言ってみな?きつく制裁を加えておくから」
確実に悟られたようだ。
彼の瞳から烈しい怒りの色が窺われた。
「どうして断らないの?」

「あいつなら受け入れる」
アラタの双眸に黒川が小さく居た。

「アラタは無理だろう、身体、無理しないで」

「じゃあ何をすればいい?どうすれば、俺じゃ無くなる?大人しく俺の中で不様に嘶いてろよ!」
いちいち、黒川の気遣いに腹が立つ。優しさ、ではない。試されるのだ。

アラタを捨てる覚悟。

「アラタはアラタでいいよ…、彼が居なくなった瞬間、彼になっているんだから。

それでも辛いなら、俺が居るから、アラタになってあげるから。一人じゃないから。」

アラタではない、あいつに成る、唯一無二の選択肢

「孤独ではない、魂は一緒だから…斎藤アラタは戸籍上でしか名前の意味は無い。」
アラタは自分に暗示をかけた。

黒川は、アラタが抱かれた後、情緒不安定になり、体力が落ちることも知っている。支えなければいけないことも…彼の下僕として。

「…口だけならいい」
アラタは瞼を閉じる。
解り切っている。黒川は誰より激情の眼をしている。狂暴なくせに、従順なフリをする。傍に居たいが為、触らず抑制し、唸っている。
獅子が、いつ口を開けるか判らないまま、たまに好奇心で牙に向けて指や口を差し出す。
あの、許可が下りたときの獅子が、解き放れ
自由になり、輝く眼に、飲み込まれそうになる。
離れられなくなる。



「ふ…ぅぷ …ウゥ…」
容赦無く黒川は唇を重ね合わす。
奥まで舌が入り、嘔吐までしそうになる。鳴咽と呻きが混じった。

苦しい

窒息寸前まで吸い付かれる
死ぬなら、
もっと清潔な場所が良い、

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