《MUMEI》
記憶の断片
 どこで間違ったのか。それともこれが正解なのか。そんなことが頭を巡る。受け入れることのできない現実、逃げるように記憶の海へと沈んでいった。


 色褪せた世界。父と母に挟まれる少女は、はるか頭上にある両親の顔を覗くために精一杯に頭をかしげる。少女に気づき優しく目を細める父と母。
 両の手のぬくもりを感じ自然と笑顔になった。木漏れ日のなかを共に歩いて行く。
 小さな歩幅に合わせ、少しずつ三人は進んでいく。並んで植わった木の間を柔らかな風が通り抜け、髪が揺れる。
 少女は笑う。
 「気持ちいいね、おとうさん、おかあさん」
 父は頷き少女の名前を呼ぶ。
 少女を落ち着かせてくれる父の声。名前を呼ばれただけなのに嬉しくてたまらない。
 そんな父の声が聞きたくて少女は繰り返し父を呼ぶ。
 二人は娘の仕草を見てほくそ笑む。何度も繰り返す幼い少女は愛しさを覚えてしまいいつまででも見ていられる。そう思う二人だった。
 家族の背中はぴんと張り真っ直ぐ前を見ている。一番広くて大きな背中、谷になった小さな背中、なだらかな線をした背中。三つはどこまでも歩いて行く。そんな光景。


 そこで色褪せた映像は途切れる。暗闇、辺りを見回しても何も見えない闇。そのなかで少女は覚悟を決めてしまった。遠い過去、確かに幸せだったころの映像。その事実があれば大丈夫だと自分に言い聞かせ。

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