《MUMEI》
すり替わった死者
 煙が晴れると、処刑台には仮面の男だけが平然とその場に残っていた。腰に手を当て神官を凝視し続ける。
 処刑人を逃がしたことに激する神官は冷静さを欠いていた。腕を振るい仮面の男へと近づく。
 「貴様はこの私に逆らったのだ。ただでは済まんぞ、わかっているだろうな。貴様を捕らえたのち、然る罰を貴様に与えてくれるわ」
 怒りにまかせ滑稽な態度をとる。職務を忘れ民衆の前で本性を現した神官。
 神官の表情を見て仮面の男は鼻で笑い、聞き取れないほどの声で何かを囁いた。
 「何とか言わんか、奴らの代わりにお前に神の元へとむかってもら―――」
 神官の言葉が途切れ、辺りがざわめく。
 口の端に朱が滲む。俯き、自分の身体を剣が貫いていることに気づく。
 何かを言おうとしたのか、呼吸をしようとしたのか。
 むせ返り鮮血が散る。
 じわりと服が紅に染まっていく。
 意識を集中させ目を凝らし前を見る。仮面の男の手には剣が握られておらず、処刑台に立っていた。仮面で隠されているが、どこまでも冷たい視線を感じる。
 身体を貫かれて、やっと恐怖が訪れてきた。
 紅に濡れふらつく神官を心配して兵士が走り寄る。
 「ハイム様、お気を確かに、ハイム様!」
 兵士の呼びかけはもう神官の耳には届いてはいなかった。意識が遠のいてゆくのを感じ、懸命に生にすがる。

 ・・なぜ剣が。・・・なぜ・・・・・な・・・・・・・・・・・・。

 力を失い、倒れる神官を支える兵士は涙を溜め、呼びかけ続ける。しかし神官は答えない。
 逝ったことを確信すると、仮面の男は身を翻し、それとともに外套が揺らめいた。
 少し前まで騒いでいた民衆も、現状に言葉を失い立ち尽くすことしかできないでいた。死を迎えるはずの人間が生き伸び、見送るはずの人間が死を迎える。
 神官を抱く腕が震える。敬愛していた人を失い、兵士は感情を爆発させ仮面の男を睨み見た。
 「貴様はこの私が殺してやる。ハイム様の仇、名を名乗れ」
 震える声は怒りに満ち、視界は涙で歪む。
 処刑台の周りを囲む兵士。槍を仮面の男に向け構える。
 仮面の男が答えるのを待ち、時が流れる。
 それは数十秒だったが、それ以上に長く感じられた。神官の身体を労わりながらその場に横たわらせ立ち上がり、剣を抜きながらゆっくりと処刑台へと歩いていく。
 「・・・・・」
 危機に瀕したこの状況で仮面の男は余裕の様子を見せていた。仮面の男を囲む輪がじわじわと縮小していく。
 攻撃が加えられるかという距離になると仮面の男は兵士の問いに答えることなく跳躍、民家の屋根に飛び移り走り去って行く。
 兵士は反射的に舌打ちをすると仮面の男が向かった方向へと走り出した。
 「追うぞ、私につづけ」
 それにつづき走り出す兵士たち。残された民は呆然としていた。

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