《MUMEI》
過去に想いを馳せる
 「ねぇ、あの公園寄っていかない?」
 季節は冬で、彼女の吐く息が白かったのを俺は憶えている。甘ったるい口調で、甘えるように腕を絡めてきた。
 長く綺麗な黒髪が揺れて、優しい匂いが俺の鼻をかすめる。冬なのに春の花のような香りで、俺は簡単にそれを許してしまう。

 ――風邪を引きかけていたのに。

 「じゃあちょっと寄ってくか!だけどあんまり長居はしたくないからな。今日は夜から雪が降るって天気予報で言ってたし」
 寒さが身に染みて、俺の鼻はグズグズだった。鼻をすすり、鼻水が垂れるのを防ぎ風邪を微塵も感じさせない笑顔を作ってやった。
 一緒に暮らしはじめた以上いずれはバレてしまうだろうが、いまは自分のことよりも彼女を優先したかったんだ。
 公園は閑散としていて、全然楽しめるようなところじゃない。遊具もブランコとシーソーだけで、本当にちいさな、空き地と言っても間違いはないくらい。
 「あそこに座ろ」
 ベンチへと導かれ、誰もいない公園内を進んで俺はそこに座らされた。隣に彼女も座り、しっかりと寄り添う。
 「やっぱり寒いな」
 「だからくっ付いてるんでしょ、すこしでも寒くないようにって」
 風は冷たく、俺たちの体に容赦なく吹きつけてくる。
 「それでもやっぱり寒い」
 「じゃあ、ブランコでもする?それともシーソー?」
 「どこからじゃあが来たんだよ。
 ・・・まあ確かに、公園に来たからには何かやんないと勿体無いよな」
 少し考え、俺はブランコにしようと言った。彼女は微笑って応えてくれるとブランコへと駆けて行く。

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