《MUMEI》
・・・・
 子供のように駆けて、はしゃいで椅子に腰かけた。
 「ブランコって久しぶり、きっと小学生から乗ってない」
 軋む音が響くなか、彼女は揺られる。
 俺は椅子に座り、揺れる彼女を見ていた。
 「俺は結構やってたぞ、最後は確か高校二年くらいだったかな」
 「何それ、そんな年まで乗ってていいの?」
 可笑しそうに微笑う。
 「ブランコに年齢制限なんてないんだからいいんだよ。うまいんだぞ俺、勢い付け過ぎて吹っ飛んだことあるしな」
 「あっぶな〜い!酷く扱っちゃいけないんだよ、こういうのは」
 今度は可笑しそうに笑った。表情豊かな彼女につられて俺も笑う。
 「なんならいま見せてやるよ」
 そう言って俺は錆びた鎖に手を持っていき、冷たさに少し顔を引きつらせながら握った。悴んだ手は赤くなっていて、感覚がほとんどない。
 「あんまり調子に乗らないようにね」
 「わかってるよ」
 勢いよく地面を蹴り、足をタイミングよく振り加速し続ける。
 徐々に弧は大きくなっていく。大きく、さらに大きく。
 弧を描き続ける――繰り返す。
 「どうだ、こんなに高くまでいったことあるか」
 こんな寒空の下、俺は宙を飛んでいた。
 彼女は小さな弧を、俺は大きな弧を。
 微笑い、笑った。

 ――馬鹿馬鹿しいくらいに騒がしく、恥ずかしいくらい幼い俺たちで、まるで子供が身体を大きくしただけみたいで滑稽とも思ってしまう。
 今の俺ならこんなことはしない・・・。
 いや、できない・・・。

 止まったブランコの椅子に座ったまま、彼女はネズミ色の曇り空を見上げた。
 「これから、楽しいことがいっぱいあるんだよね」
 俺も見上げ、幾重にも折り重なった雲を見つめた。
 「ああ、当然だろ。一緒に暮らすんだ、楽しくないわけないじゃないか」
 空は濁っている。
 「うん、そうだね」
 ここは薄暗い。
 「そうだよ・・・そうだ、明日はどこか遠出しないか!電車に乗って映画館とかさ」
 俺の提案を耳にして、彼女はキラキラと瞳を輝かした。俺もそんな姿を見てさらに気分が上がり、風邪のことも忘れて話を始めた。
 「映画のあとは食事して、その次は買い物だな。似合う服選んでやるよ」
 彼女は頷き、身ぶり手ぶりに喜びを表現していく。
 季節は冬だと言うのに、俺たちはこんなにも温かい。
 吐く息は白いのに、鼻は赤く鼻水は垂れてくるというのに、あたたかい。
 夢中になって明日のスケジュールを話していると、彼女は天を仰いだ。
 「・・・雪」
 彼女の言葉に、ようやく気づいた俺も顔を上げる。
 ゆらゆらと舞い、ゆっくりと俺たちへと向かって降りてくる。
 白く柔らかな粒は彼女のてのひらに降り、消えた。
 それを見つめ彼女は微笑った。
 初雪だった。

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