《MUMEI》

ネコは、見失ってしまった。



「…あのネコ、だった気がする」




おれが呟くと、




「…私も」



蓬田が返した。



「…見失ったな」



おれが言うと、



「…そうだね」



蓬田が困ったように笑った。



あー、もうマジ、どうすればいんだよ…


おれが頭を抱えてしゃがみ込むと、



「椎名くん」



頭上から、声が降ってきた。


おれの声、だけど蓬田の言葉。



「私、そんなに急がなくても大丈夫だと思う」



驚いて、顔を上げる。



「…は、何言って―…」



蓬田は、にっこり笑っておれの言葉を遮った。



「…神様っていると思うんだ、私。
―…でね、その神様が、椎名くんをこのままほっとく訳ないと思うの。
椎名くんって神様に愛されてそうだし」



おれは、蓬田の笑顔から目が離せない。


おれの顔じゃない、蓬田の笑顔。



「…もし、本当にどうしようもなくなっちゃったら、
絶対、神様が助けてくれるよ。」



なんの根拠か分からないけど、蓬田の言葉は変に自信に満ちていた。



「…椎名くんが落ち込んでるのって、世界一似合わない!」



そう言って可笑しそうに笑う蓬田。



「…そーだな」



呟いて、立ち上がる。



―…強がってんの、バレバレ。


…でも、おれを励まそうとしてくれてるのはすごく分かるから。




だから、苦しいんだ。




「…帰るか」


「うん」



おれ達は、ネコの消えた病院を後にした。

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