《MUMEI》
父さんの家出
目が覚めた。

まだ太陽も昇りきらない朝だ。

身体を起こそうと手をついた床の冷たさに驚いて、一瞬手を引っ込める。

背中が痛い。

また、ソファから落ちたんだ。

自分の身体のデカさにため息が漏れる。

なんでこんなに大きくなったのかを考えようとしてすぐ止めた。

悲しくなるだけだから。

虚しくなるだけだから。

前だけ向いて生きていかなければ。

母さんのためにも、自分のためにも。



なんでソファに寝ていたのか、それは単に疲れていたから。

身体的に、精神的に。

昨日、父さんが家を出ていったから。


『すまない、瑞季。父さんはここを出ていくよ。もう二度と戻らない』


塾の帰り、家のドアの前に立つ父さんを見つけ、近寄った時のことだった。

オレは小学6年生で、そこそこ頭が良かったから中学受験を考えてた。

それなのに。

不思議なことに、涙は一滴も流れなかった。

まるで、最初から渇れていたかのように。

悲しくない訳ではなかった。悲しかったけど、現実味が全然なくて。

玄関のドアを開け、中にいる母さんを呼んだ。

『母さん!父さんが変なこと言ってるよ!!早く来てっ』

そんなオレを父さんは止めた。

『瑞季。落ち着きなさい。父さんは別におかしなことは言ってない。正気だ。瑞季、これからはお前が母さんを守っていくんだよ。お金のことは心配するな。今まで通り、ここに住んで学校に通っていいんだ。頑張るんだぞ』

『何言ってんだよ!母さんを守るのは父さんの役目だろ!?』

『他に…‥守るべきものがあるんだ』

『それって‥‥母さんより大事なのか?たったひとりの息子のオレよりも?』








父さんが――……‥頷いた。

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