《MUMEI》
抗えぬ狂気
 あれは十日ほど前の夜のことだった。ファースは月のない夜道を歩いていると不思議な感覚に襲われた。
 それは初めての感覚で、赤子が乳を飲むように無意識に動いてしまった。
 目の前を通り過ぎる貴婦人。ファースは狂気に満ちた目で彼女を直視した。
 そして―――――――。

 彼女の首が切れる場面を頭に思い描いた。

 次の瞬間、貴婦人の頭部は身体から離れ宙を舞っていた。一瞬、まばたきをする前までは生きていた命が、まばたきをするその一瞬のうちに失くなっていた。
 言葉にしようのない感覚が心を満たしていく。
 道端に横たわる身体、衣服はみるみるうちに血だまりに染められグラデーションが生まれていった。
 離れた位置に落ちた顔を見て自然に表情が歪み、堪え切れず声が漏れる。
 このときファースは生まれて初めて人を殺した。初めてにして残虐、かつ享楽的にそれを繰り返した。
 止められなかった、どんなに抑えようと試みても。飢えた自分に打ち勝つことが出来なかったのだ。

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