《MUMEI》 ・・・・タイル張りの浴室には大小様々な浴槽があり、そのなかでたくさんの地元客が楽しそうに会話をしている。浴室に声が響き大きな空間だと言うのに狭く感じ、いつもより人との距離が縮まったような気がした。 湯を軽く体にかけたあと、一緒に入った男性は奥の一番大きな浴槽へ歩いていきそのなかに足を入れこちらを見てくる。 「どうしたんだい、もしかして銭湯に来たのは初めてなのかい」 湯けむりで霞んだ視界、タオルを頭に乗せ湯に浸かっていく男性は可笑しそうに笑ってそう言った。初めてということはなく、子供時代を合わせれば少なくない回数こういった場所にはやって来ている。 だが、なぜだろうか? こうしてこの場に立ち改めて考えてみると、自分自身この場所が気に入っていたのだと思う。一つの場所に同じ目的の人が集まり、共有して分かち合う。長らく感じることがなかった感覚だ。 男性につづき、湯に身を預けた。脱力して体を包む湯に身を任せるとたまらず息が漏れた。 「そんなことないですよ、ただすこし嬉しくて」 首まで湯に浸かると締め付けられるような感覚がさらに強まり、それがまた心地よくて。 「・・・そうかい、喜んでいただけたなら何よりだ。この場所はとてもいいところだよ。裸の付き合いが人の仲をより強いものにしてくれる」 「たしかに、わかる気がします」 「君のような違う世代の人とも出会うことが出来るしね、若返るようで嬉しいこと尽くしだよ」 男性は見た目四、五十代だ。言ったとおり、男性の生活のなかで、俺たちのような世代と関わることはそうないだろう。関わろうとしないかぎり、交わることはない。だからこう言った場所は丁度いいのだ。 「ここに来るとね、新しい発見があるんだよ。職場の堅苦しい関係も何もない、本当の意味での裸の状態での付き合いが出来る」 男性は誇らしげに話しを聞かせてくれる。きっと男性にとってこの銭湯は大切な場所なんだろう。 俺は、そんな大切な場所をもっているのだろうか。 そのあとも男性との話は続き、いろいろなことを聞き、話した。そうしているうちに他の客とも仲良くなりあっという間に時間は過ぎていった。 前へ |
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