《MUMEI》
憂鬱
父さんの荷物は小さなトランク一個だけだった。

母さんとオレと暮らした12年間、父さんの荷物はこれだけしかないのかと思うと、虚しくなった。

『瑞季、中学受験するんだろ?頑張れよ。この先、瑞季が大人になるまで父さんも頑張るからな。お金のことは気にせず、夢に向かって頑張りなさい』

父さんの話す言葉は何語?

どこかアフリカの奥地だろうか。

それとも辺境の地域とか。

理解不可能。

脳がうまく働かせられなくて、オレは呆然とそこに立ち尽くした。


【瑞季】


木々の葉が鮮やかに陽の光に照らされる、みずみずしい季節に生まれたのが名前の由来。

父さんがつけてくれた名前。

5月は初夏ともいうから。

響きが好きだった。

「ミズキ」ってなんか格好よくて。


顔を洗おうと洗面所の前に立って、ハッと息を飲んだ。

父さんが、そこにいたから。


……‥落ち着け。

これは自分自身だ。

昔からお父さんにそっくりねぇと近所のおばさんや、父さんを知る人達によく言われ、とても喜んだものだ。

今は――‥…ただ憂鬱。

母さんがオレを見るたびどう思うだろう?

毎朝、毎晩オレを見て父さんを思い出すなんてかわいそうすぎる。

オレの自慢の美人の母さん。

ずっと笑っていて欲しかったのに…‥。

父さんのバカ野郎。

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