《MUMEI》 山賊美しい娘が一人で山道を歩いている。 何か良いことがあるのだろうか、やや笑みを浮かべ、しなやかに歩いていく。 華やかな着物はそれだけでも目立つが、気品のある美貌はさらに人々の目を引いた。 彼女は、人の良さそうな老夫婦とすれ違った。 夫婦は若い娘の旅姿を見て、思わず立ち止まり、顔を見合わせ、彼女の背中を見ながら話した。 「知らないんだろうか?」夫が呟く。 「あなた」 妻にうながされ、夫は娘に声をかけた。 「そこの娘さん」 「はい」彼女は振り向く。 「どこへ行きなさる?」 娘はなぜか、はにかんだ。 「あの山のふもとまで」綺麗な細い指で遠くに見える山を差した。 妻が心配顔で聞いた。 「どうしても行かなければいけない用事なの?」 娘は笑顔で俯いた。 「はい。私、嫁ぐんです。好きな人の父上の許しがようやく出まして」 夫はためらっていたが、事情がそうならば、なおさら言わないわけにはいかないと思った。 「実はこの辺は、山賊が出るんだ」 彼女の幸せそうな顔は、一瞬にして凍りついた。 山賊……。 財産も幸福も生命までも、すべて暴力で奪う存在。 娘は震えた。 「向こうから迎えに来てもらうわけには、いかんのかね?」 夫の問いに、彼女は明るく答えた。 「大丈夫です。必ず遭遇するとは限らないし、今さら引き返すことはできません」 きっぱり言った。 「ちょっといい?」 妻が娘の手を引き、自分の家へ連れて行った。そして男物の着物に着替えさせ、笠をかぶらせ、さらに小銭の入った袋を渡した。 「もしも山賊に遭ったら、これを投げて逃げなさい」 見ず知らずの他人である老夫婦の温かさに包まれて、彼女は感涙した。 「このご恩は、終生忘れません。ありがとうございます!」 深々と頭を下げる娘に、夫が微笑んだ。 「困ったときはお互い様」 妻が聞いた。 「あなたのお名前は?」 「まきと言います」 まきはすぐに出発した。追い剥ぎは昼間でも出没するが、夜はもっと危険だ。 明るいうちに歩けるところまで歩こうと、先を急いだ。 急に人がいなくなった。不気味なほど静かだ。 まきは緊張した面持ちで辺りに注意を払いながら、山道を進んだ。 「はっ…」 いた。見るからに山賊らしき男が二人、三人と現れた。 まきは戦慄した。 「おい、金持ってるか?」 まきは深呼吸。素早く袋を投げると走った。 しかし袋よりも先にまきを追いかけ、すぐに捕まえた。 「顔見せろ」 笠が飛ばされる。まきは顔を伏せたが押し倒された。 「あっ」 高い声を発してしまった。山賊は容赦なく着物を脱がそうとする。 (まずい!) まきは必死に抵抗したが、もう一人に両腕を押さえられてはどうしようもない。 胸をばっと開けられてしまった。 「いやあああ!」 「お頭、こいつ女ですぜ」 「何?」 お頭と呼ばれた男がゆっくり歩いて来た。 虎豹を思わせる野性的な風貌。筋骨逞しく、眼光は鋭い。 「おい、乱暴はよせ」 笑顔で言うお頭に、まきは土下座して哀願した。 「お頭様、どうか見逃してください。この通りです」 「そうは行かねえ。一緒に来い」 絶望的だが諦めるのはまだ早い。まきは必死に頭を下げた。 「どうか命だけは取らないでください」 「命など取りゃあせん」 まきは観念して、おとなしくお頭に付いていった。 追い剥ぎの被害が多発しているのを聞き、ついに役人も山賊討伐を決断した。 戦と同じ心構えで討伐隊を組み、武装した将兵は山賊が出るという山道を目指す。 隊長は役人に言った。 「賊といえども、武士崩れや思いもよらぬ豪傑が紛れているかもしれません」 「確かに」 「こちらも腕の立つ剣士を副隊長として連れて行きたく存じます」 「あてはあるのか?」 「あります」 「だれじゃ?」 「麻美です」 前へ |次へ |
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