《MUMEI》 兵士神官ハイムの死亡現場の処刑台付近は通行規制が施され、現場検証が行われていた。 現場には人の血液のにおいが漂い、いやでも殺人があったのだと思い知らされる。 処刑台から三メートルと離れていないところに時間の経過とともに黒く変色し、地面にこびりついた血液が生々しく残っていた。 急きょ駆り出された兵士たちが聞き込み調査のため西地区を巡っていたが、有力な情報を得ることはできなかったようで、兵士たちの顔は明るいものではなかった。 「アランさん、駄目です。仮面の男が逃走した西地区を集中的に回ったんですが、なんの情報もありません」 「手がかりはないか、あの男いったい何者なんだ・・」 情報の少なさに打つ手がなく、報告に来た兵を待たせ少し頭を回転させる。 「わかった、範囲を拡大しろ。なんとしても手掛かりを見つけるんだ、ハイム様のためにも」 目の前で敬愛する上司を殺されたアランは是が非でも仮面の男を捕まえようとしていた。 「わかりました。必ず仮面の男の手掛かりを見つけてきます」 アランの熱意が伝わったかのように、兵は強く答えると敬礼をして走って行った。 兵の後ろ姿が遠ざかって行き、仮面の男の正体を考えようとしたとき後ろからよく通った声がかけられる。 「悪いな、ここで起こった事件の情報を提供してもらいたいんだが、大丈夫か」 そこには張り切るエドと微妙な雰囲気のカイルが立っていた。アランは二人の服装を見て騎士であることに気づき、背筋を伸ばし敬礼をして口を開く。 「はい、事件は十二時十五分ごろに起きました。罪人を葬ろうとした直後のことです、仮面を着用した男が突如屋根に現われ罪人を解放。そして煙幕を放ちその隙に罪人三名を逃がしたあと、宮廷神官ハイムを我が軍採用の剣を使い殺害。屋根を走り西へ逃走。以上です」 はきはきとした口調で要点を話、二人を見る。 現場の状況を想像し二人は眉を寄せ黙りこんでいたが、 「現場に居合わせた兵士はいないのか、その時の状況を詳しく聞きたいんだが」 とエド。 「それなら自分が。ハイム様のそばにいましたので・・・」 悔しそうな顔をするアラン、自分で言って歯がゆさがやってくる。 エドは唇をかむ兵士を見て不思議に思うが、すぐさま顔を戻した。 「ならお前に頼むよ、どんな感じだった」 アランは少し戸惑ったあと、言われたとおり感じたことをそのまま話した。 「恐怖で身体が凍りつきました。今考えてみると、昆虫と鳥の関係に近い気がします。 ただ睨まれただけ、それだけなのに心は折れてしまいました。戦いを挑めるわけでもなく、その場から逃げることも許されず。ただハイム様が殺されるのを見ていることしかできませんでした。 自分はいままで多くの犯罪者を見てきたつもりです。ですが、あんな感覚は初めてで、人の皮を被った化け物じゃないかとも・・・・・・ ハイム様のそばにいながら・・・恐怖に屈さなければあの方を守ることもできたかもしれないのに、自分はそれができませんでした―――」 話しているうちに恐怖がぶり返し、肩が震える。ハイムの死のシーンを思い出してしまい、また涙が出そうになるがそれを必死に抑えつづけていた。 あの場で仮面の男と対峙し、あれほどまで気丈に振る舞えたのはハイムの死という事実と感情の爆発のおかげであった。あのようなこと二度はできない。 途中から声が震えはじめたアランを見てエドはそこまででいいと言った。 前へ |次へ |
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