《MUMEI》

「私は今日で引退を表明する。」


「引退…?」


「そうだ。
陸上界から姿を消す。」

「えっ!!」


突然だった。


だって父さんは世間でも期待されている、
短距離の選手だったから。


当然、今年の世界大会にも出場するものと思っていたから。


「どうして…ですか?」


「………。」


返事は無かった。


だが、変わりに俺を壁に押し付けた。


バンっと、大きな音と共に、
背中に鈍い痛みが走る。


「……っ…。」


「お前は…私の希望だ。お前は……!!」


目をギラつかせてそう何度も連呼する父さんに、恐怖を覚えた。


俺の頭を何度も撫でてくれたその大きな手は、
俺の首を掴んでいる。


何度も俺の身体を包み込んでくれたその逞しい腕は、
怒りに震わせている。


本当に、俺の目の前にいるこの人が、
俺の父さんだと信じきれなかった。


信じたく無かった。

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