《MUMEI》

そうだ。


あの日からだ。


父さんが引退を表明した日から……。


狂い出したんだ。


母さんが家を出て行ったのも。








「う、嘘でしょ?
ねぇ、嘘だっていってよ!!」


必死に母さんの足にしがみついて泣き叫んでも、
母さんは首を振るばかり。


「冗談だって笑ってよ!!」


「ごめんなさい……ごめんなさい…颯馬…。」


「どうして謝るの?
ねぇ、どうして……どうして謝るんだよ!!!」

けれど、母さんは何も答えなかった。


辛そうに俺を抱き締めるだけ。


そんなに辛いなら側にいてくれればいいのに。


ずっと…気が済むまで自分を抱き締めていればいいのに。


だけど、神様は意地悪だ。


こんな時でも振り向いてさえくれない。


母さんの目の前で、タクシーが止まったんだ。


母さんは、名残惜しそうに俺の頭を撫でると、


「さようなら……。」


そう言い残して、去って行った。


どうして……。


“さようなら”なんて言うの?


心から、裏切られたと思った。

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