《MUMEI》
ケンカ
むしゃくしゃしたり、冷めた気分になると、オレはケンカをする。
今は部活を優先しているから、本当にたまにしかやらないけど、父さんが出ていった辺りから中学にかけて、オレはすごく荒れた放課後と休日を過ごした。
売られたケンカは全て買い、見境なく傷つけた。相手がいくら許しを請いても、自分を止められない時もあった。「無敵伝説男」なんて呼ばれたりして。ちょっとダサいけど。
不敗を誇るオレだったけど、さすがに無傷という訳にもいかず、生傷を作って帰ることもしばしばだった。
そんな時はいつも母さんが手当てをしてくれた。
『またケンカしたのね?』と。何がおかしいのか笑いながらマキロンを容赦なく傷にぶっかけた。
ある日、顔を殴られた時に相手の爪でひっかき傷ができた。
『きれいな顔なのに…』と何故か母さんが勿体ぶりながらもまたお得意のマキロンを手に近づいてきた。
母さんと顔が近づく。
すると、母さんがすっと目を閉じ、頬を赤く染めた。
唇が、触れる。
……かと思った。
オレは咄嗟に母さんの肩を掴んで引き離した。
『母さん、オレ、瑞季だよ。父さんの遥季じゃない。しっかりして』
母さんはひどくうろたえ、『ごめんなさい』と呟き、ふらっと立ち上がると、寝室へと消えて行った。
これは今までに何度も繰り替えされている。今でも。
『遥季さん』
母さんの口から発せられるこの単語は、いつも甘い。
愛しい人を呼ぶ声。
聞くたびにオレは胸が痛くなる。
父さんを探し出して、この家に連れ戻したくなる。
いつでもたったひとりの息子・瑞季として見て欲しいから。それは、父さんに対しても同じことだけど。
今でも、オレは父さんと母さんのたったひとりの息子だろうか?
母さんはオレを夫として見ていて、父さんは母さんやオレより大事なものがあると言った。
オレ達の存在価値はどこにあるのだろう。
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