《MUMEI》
反逆者
麻美はまきを無言で抱き締めた。そして、殺意の目で、後ろ手に縛られた義六の顔を見た。
「貴様…」
麻美が剣を抜いたので、義六は焦り、萬屋も慌てた。
「隊長!」
「この娘の恨みは私が晴らす」
義六は目を丸くした。
「待て、その娘には何もしてねえ」
「だれが信じるんだ愚か者!」
「本当なんだ」
「黙れ」
「本当なんです!」
まきが叫んだ。麻美はまきを優しく見つめる。
「もう大丈夫。こいつの脅しに従うことはないよ」
「本当なんです。必死にやめてくださいとお願いしたら許してくれました。凄く嬉しかった」
麻美はやや驚いて義六を見た。
「追い剥ぎにしては上出来な慈悲心だ」
「俺は追い剥ぎじゃねえ。今は山賊に身を落としているが、本当は武士だ」
「たわけたことを申すな!」
麻美は義六の顔を思いきり蹴った。義六は倒れたが、ギロっと獣のような眼光で睨んだ。
「何だその目は?」
「立て」
萬屋に起こされた義六は、麻美に言った。
「侍の顔を足にするとは、ひどい仕打ちだな」
「侍が追い剥ぎなどやるか!」
今度は顔面を蹴り上げた。
「あっ…」
うずくまる義六。しかし顔を上げると、麻美を笑顔で睨んだ。
「お嬢ちゃん。立場が逆転したときのことを考えて蹴るのはやめたほうがいいぜ」
「何!」
麻美は剣を喉もとに当てた。
「やめてください」まきが叫んだ。「命だけは!」
麻美は仕方なく剣を離した。
「貴様」
「俺の名前は貴様ではない。義六と言うんだ」
「貴様。仲間がまだいるだろ?」
「仲間はこの五人だけだ。少数精鋭だ」
「だれが信じるか」
「それより姫の名前は?」
「黙れ」
麻美は萬屋に言った。
「隊を二手に分ける。信用できる者を選び、娘とこの五人を連行して隊長の指示を仰げ」
「はっ」萬屋が答えた。
「私の部隊は仲間の捕縛に当たる」
「無駄だ。これしかいねんだから」
麻美は義六の言うことを無視して、萬屋に言った。
「萬屋はこの男を尋問しろ」
「はっ」
「ほかの者はその間休憩だ」
麻美は例の広野は自分の部隊に残した。
万が一反逆して五人の山賊と結託したら、隊は全滅され、まきも今度こそ無事ではない。
萬屋はてきぱきと指示を出し、隊を進めさせた。
自分は義六を端の大木に連れて行き、尋問を始めた。
「おい。正直に吐け。仲間はどこだ?」
「仲間はこれが全部だ。それより萬屋殿」
名前を呼ばれ、萬屋は一瞬戸惑った。
「豪商みたいな名だな」
「余計な口は叩くな」
「縄を緩めてくれ」
「黙れ」
一方麻美は木を背にすわり、剣を握ったまま体を休めた。
広野と仲間が反逆しないとも限らない。目は閉じなかった。
そこへ道中、何かと麻美に協力的だった若い兵士が来た。
「隊長、私が護衛します。ゆっくりお休みください」
麻美は純粋そうな、自分と年が近い若者を友好的な目で見上げた。
「名前は?」
「三郎です」
「三郎は休まなくても大丈夫なのか?」
「私のことは気にしないでください」
少し離れた場所で肉を食らい、酒を飲んでいた広野たちは、愚痴をこぼしていた。
「萬屋といい、三郎といい、よくもまあ胡麻がすれるもんだぜ」
「萬屋はともかく三郎は胡麻擂りじゃねえよ。隊長に惚れてんだ」
「けっ。若いね」
仲間が広野に真顔で言った。
「それより広野。今のうちに謝ったほうがいいぞ」
「謝る?」広野の目が鋭くなった。
「このまま町に帰れば、隊長は上にすべてを報告する。逆らった罪は問われるだろう」
広野は麻美を見た。三郎に守られ休んでいる。
「謝る?」
広野は納得できない表情で酒を飲んだ。
一方萬屋は、まだ手こずっていた。
「萬屋殿。広野って奴、反逆者になるぞ」
「そんなこと言って攪乱しようたって無駄だぞ」
「三郎は一人で三人を相手できんのか?」
次々名前で呼ぶ義六に、萬屋は内心面食らっていた。
「おい、姫が不意打ち食らうぞ」
「黙れ」

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