《MUMEI》 「乙矢あ……」 一先ず、乙矢が来れば安心だ。 「……で、七生の馬鹿の記憶だけすっぽり抜け落ちたと?」 乙矢の言葉から想像する限りだと『ななお』は馬鹿らしい。 「そうなんですよー、何かあったんですか?」 高遠はマンション住まいで、居間はまるでモデルルームかのようなお洒落な部屋だ。 今、座っているソファーは白い革張りで、目の前には硝子のテーブル……値段なんて聞けやしない。 「俺、受験勉強で二郎達とあまり話して無かったからな……」 乙矢は俺をちらりと見ると考え込むように口元を隠した。 心配かけて、そうだ、受験もあるのに……。 「粗茶でございます。」 国雄さんがお茶を出してくれた。 これって、よく考えてみれば凄い絵図だな…… 結局、高遠は黒いバスローブだけ羽織ってるし。 国雄さんは上は着たのにエプロンが女物で明らかに小さいし。 ピンクのチェックかわいらしい……。 「まあ、七生のことなんか忘れて良かったじゃないか。よほど心労類いが溜まってたんだな。」 「うわー言うんだそういうことぉ。」 高遠は乙矢に否定的なようだ。 俺も『七生』との思い出とか語られないことに少し拍子抜けした。 「乙矢との記憶はあるのに」 なぜか、『七生』は思い出せない。 意識的に鍵をかけているみたいだ。 「あー、ウチ先輩に超教えてぇーー!」 高遠が一人でのたうちまわる。 「はいはい、ピロシ君は大人しくちてまちょーねー?」 高遠を国雄さんは宥めすかしてあげてる。 ピロシってなんだろう。 前へ |次へ |
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