《MUMEI》

 帰宅して、家の戸を開くなりだった
家の中から大量の黒花が溢れ出している様に出くわしたのは
一体何事かと、それらを掻き分け中へと入れば
「……お帰り。殺鷹」
普段通りの、落着き払った雲雀に出迎えられた
花の柔らかな圧迫に若干息苦しそうな雲雀を抱え上げ
ただいまを返してやりながら雲雀の手の甲へと口付ける
「ところで、雲雀」
手を放し、雲雀の艶やかな黒髪を梳いてやりながらの殺鷹の声
何、と雲雀は小首を傾げて返す
「私が少し出ていた間に部屋の中が悲惨な事になっている様だが、一体これは何事なのかな?」
「……アレ」
小声で雲雀が指差した先には黒花の群れ
だがそれ以外には何も見受けられず、雲雀へと向いて直れば
よく見てみろ、と促され改めてそこを凝視してみれば
大量の黒花を身体から生やしている梟の姿が
明らかに普通ではない状況に深々しい溜息をつきながら
殺鷹は、咲き乱れる花々を手荒く引き千切ると梟をベッドの上へ
「一体何が起こったんだろ。ね、殺鷹」
心当たりはないかと雲雀からの問いに
だが何も思い当たる節がない殺鷹は首を横へ振る
「私もこんな事は初めてなのでね。……暫く、様子を見ようか」
溜息混じりにそう呟き、殺鷹もベッドへと腰を降ろした
その僅かな揺れに
梟の眼が突然に開く
「白の、落日」
飛び起き、そして震える声
まるで怯える様に身体を震わせながら
梟は己が身を抱いていた
その様は見るに痛々しい程だ
「……か、らす?」
ただ見ていただけの雲雀が、徐に声を走ったかと思えば
ゆるり歩いて梟の側へ
「雲雀?何を言って……」
殺鷹が問うより先に、雲雀の手が梟へと伸びていた
「……どうして、そんな奴の中になんて居るの?ねぇ、どうして!?」
突然に喚く事を始めてしまい
様子のおかしい雲雀を、殺鷹は取り敢えず梟から引き離す
「雲雀、落着きなさい。一体、どうしたんだ?」
「殺、鷹……。あれ、烏なの。烏、なの……!」
動揺の余り過呼吸になり、途切れるばかりの雲雀の声
床へと座り込んでしまった雲雀を、梟が感情の籠らない眼で眺め見る
「……あと、少し。あと少しでも花の均衡が崩れれば、世界は落ちる」
震える声はそのままに梟は呟いて
言って終わるとベッドから降りる
「梟?」
部屋を出て行こうとする梟の背へと呼ぶ声をぶつけてやれば
その脚は止まり、僅か首だけを振り向かせる
「……殺鷹、世界が落ちる。また、俺の所為で――」
弱々しい声で呟くと、梟は外へと飛び出していった
「……待って、(烏)!」
その背を雲雀は別の名で呼び止めはするが、当然立ち止まるワケもなく
梟は外へと姿を眩ました
「追って。殺鷹」
「雲雀?」
「追って、早く!あれは烏なの、私には分かるの!」
「どういう事だ?」
「いいから早く!」
問うてみても返答はなく
唯ひたすらに追ってくれを繰り返すばかりの雲雀
明確なソレを求める事を今はせず
梟を追い、殺鷹は外へ
出た矢先に
「そんなに慌てて、何所にいくの?」
幼い声に、引き留められた
そちらへと向いて直れば、そこに居たのは一人の少年
以前、殺鷹へ辛辣な言の葉を向けた少年で
一体何をしに来たのか
殺鷹の前へと立ち、満面の笑みを浮かべる
「梟、様子変だったね」
ソレを構う事はせずに梟の後を追おうとした殺鷹に
少年はその行方を知っているのか、含んだようにまた笑って向けた
その態度が、慌てている現状で癪に障らない筈はなく
少年を睨めつける
「恐い顔。でも、教えてなんてあげない。梟は僕が殺す。白鷺と、そう約束したんだ」
そう言い残すと、少年は姿を消した
殺鷹の中で段々と募っていく不安と苛立ち
一刻も早く梟を見つけなければ、とまた走り始める
『あれは(烏)だから』
何所を探せばよいのか見当もつかず、唯闇雲に走る事を続けていた殺鷹は不意に雲雀の言葉を思い出す
もしもそれが事実だと言うのならば
「……あそこか」
たった一つ、思い当たる場所があった

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