《MUMEI》
敵の手に堕ちる
義六は目を覚ました。
「わあ!」
辺りを見ると、三十人はいた兵士が皆倒れている。
義六は信じがたい光景に目を疑いながら立ち上がった。
呻き声があちこちから聞こえる。多くの者は血を流し、生きているのか死んでいるのかわからない。
「……」
義六は歩き出した。
一方、三郎は裸の麻美を静かに下ろすと、着物を着せようとした。
「あっ…」
麻美が目を覚ました。
「三郎…」
はっとして胸を両手で隠し、膝を曲げて下を隠した。
「大丈夫ですか?」
三郎の優しい眼差し。どうやら助かったようだ。
麻美は着物を素早く着て、履き物を履いた。
「ありがとう三郎。このご恩は終生忘れません」
「そんな…」
三郎は照れた。麻美はゆっくり立ち上がると、三郎の腕に軽く触れた。
「山を下りましょう。私を守ってくれますか?」
三郎は大感激だ。
「命に換えても!」
「命に換えてはいけません。一緒に生きて山を出ましょう」
「隊長」
さらに感動した三郎。しかし、嫌な声が聞こえた。
「おーい!」
三郎は刀を抜いて構えた。
「三郎…」
麻美も心配する。
声の主は姿を現した。義六だ。
「止まれ!」
三郎は招かざる客に刀を向けて怒鳴った。せっかく愛しの麻美と二人きりなのに、とんだ邪魔者だ。
しかし義六にも言い分はある。
「三郎。俺は姫の恩人だぞ。その歓迎の仕方はねえだろ?」
「黙れ。それ以上近づくなら斬るぞ」
「斬る?」義六は聞き返した。「三十人を倒した俺に勝てるのか?」
三郎は焦った。確かに三十人の兵士を倒したからここに来れたのだろう。
たった一人で何という豪傑。
そんなことを思っていると、義六が歩み寄ってきた。
「来るな!」
しかし義六は歩みをやめない。三郎が斬りかかる。
義六は三郎の手首を掴むと腹に膝蹴り!
「うぐ…」
かがむところを首筋に手刀!
三郎はうつ伏せに倒れた。
「やめなさい二人とも!」
義六は三郎から刀を奪うと振りかぶった。
「やめて!」
麻美の金切り声に、義六は振りかぶったまま止まった。
「麻美」
「何?」
「俺と三郎が逆でも、今みたいな悲鳴を上げてくれたか?」
「もちろんよ」
「嘘がへただな」
義六は勝ち誇ったような笑顔で麻美を見た。
「義六殿。お願いだから殺すのはやめて」
「俺の言うことを聞くか?」
麻美は躊躇した。男がそう言うときは、体を求めているときだ。
「それは…」
麻美が迷っていると、義六はまた振りかぶった。
「わかった、言う通りにするからやめて!」
義六は刀を下ろした。
「部下思いの隊長さんだな。それとも自分に惚れてる男は守りたいか?」
麻美は答えない。
義六は刀を向けると言った。
「先歩きな」
麻美は仕方なく言う通りにした。
しばらく行くと。
「止まれ」
麻美は止まると振り向いた。
「麻美、両手を上げろ」
麻美は両手を上げた。
「頭の後ろで組め」
言う通りにした。
「目をつむれ」
「目はつむれない」
「目をつむれ!」
「目はつむれない!」
義六は刀を向けた。
「言うこと聞くと言ったよなあ?」
「抵抗しないから、何?」
麻美の強気に義六はほくそ笑んだ。
「小刀なんか隠してないだろうな?」
「ないわ」
「素手でも強いところ見ると、武道をやってるだろう?」
「剣術だけよ」
義六は笑顔で迫る。
「嘘つけ。俺はおまえに顔を蹴られて、死ぬほど痛かったぞ、麻美」
麻美は唇をかみ、下を向いた。
「立場が逆転してしまったなあ、麻美姫」
ここは誇りを捨てて素直になるしかないと麻美は考えた。
「あ、あの、武士の頭を蹴るのは行き過ぎでした。申し訳ありませんでした」
頭の後ろで手を組んだまま頭を下げる麻美を、義六は目を輝かせて見た。
「武士と認めてくれたのか?」
「訓練された兵士三十人を一人で倒すなんて、賊には無理よ」
義六は満足の笑みを浮かべた。
麻美は敵の手に堕ちてしまった。

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