《MUMEI》
異常と云う日常
 気持ち悪いよね、あの子、と右斜め後ろの席から聞こえた。

 聞き飽きたよ、それ、と心の中で言い返す。ふと、視線を送った右斜め後ろ。楽しそうに談笑する彼女達は何も言わず、何気ない会話を交わている。当たり前か、と思い、開きっぱなしの雑誌に再び目を落とした。

『戦慄! 禁制の土地で行われていた黒の儀式』
 おどろおどろしい字体で、その見出しは踊っている。

 ほお、面白そうだ。好奇心に縛り付けられた目はそのままに、ミルクティーのパックに手を伸ばす。口に含んだストローを無意識に噛んでいた。

 姉さんが死んでから、世界は変わった。『神』と呼ばれる存在から送り込まれる使徒。使徒という存在は街を灼き、大地を焦がす。弾丸も、ミサイルも、核も効かない使徒の降臨。世の中は世界の滅亡だとか、最後の審判だとか騒いでいる。

 だが、こちらにも希望がないわけじゃない。使徒を破壊できるのが救世主、と呼ばれる人間たち。特殊な力を持ち、唯一使徒に対抗できる人類の最終兵器、最後の希望。

 姉さんはこの救世主を養成していたらしい。当時、姉さんの死を知らされた時は『事故死』だった。それが最近になって使徒に殺された、と判った。姉さんの同僚だと言う人からそう聞いた。

 悲しくもなかったし、怒りもしなかった。姉さんが死んでから二年が過ぎ、悲しみが褪せたのかもしれない。私の両親は泣いていたけど、私にとっては今更な話だった。

 いつも通り学校で授業を受けていると、世界の終りが近いなんて実感が沸かない。いつもの平穏な日常が其処にある。

 使徒の降臨も、何処か他の国の話なんじゃないかって。海の向こうの、何処かで起きている戦争のような、そんな感じ。

 私は今日も変わらない日常を過ごし、変わらない放課後を迎える。そして、変わらぬ帰路へ。

 今日の夕飯は何だろうか、と頭の片隅で考えながら夕暮れの道を行く。下校の途中の学生。帰宅中のサラリーマン。買い物帰りの主婦。何気ない日常が通り過ぎる、いつも通りの並木道。

 この日から、全てが変わるなんて思ってなかった。平穏の中の異常は私を普通とは違う世界へ引きずり落とす。

 轟音上げて、後方から何かが近づいて来た。何だ、と振り向く。視線の先にはいつもの並木道。其処を赤いバイクが一台、荒々しく駆けていた。そして、そのバイクは私の目の前で停車した。赤いヘルメットに黒いスーツ。長い髪。その人がヘルメットを外した瞬間、思わず私は呟く。

「姉さん……」

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