《MUMEI》 異常と云う日常「入って」 ドアを開ける音がして、そう促された。私の後に続き、足音が聞こえる。彼女のものだろう。何が始まるのか。不安になる。すると、男の声が聞こえた。 「あの時と同じか。お前らしいな」 「別にいいでしょ」、と彼女が返す。 「じゃあ、あの時みたいに、ほら」 「は? アタシがやんの?」 「頼むよ。救世主さん」 「ったく……」、と彼女は吐き捨てる。彼らが何を話しているのか、さっぱり解らない。この時になって初めて、何か大変なことに巻き込まれているんじゃないかって思った。 『救世主』という言葉を聞いた時から、否、彼女を見た時から何となく見えていた真実。 軽い咳払いが聞こえて、それから彼女の声が聞こえた。 「アイマスク、外していいわよ」 そう言われて、アイマスクを外した。眩しさに目を細める。木目調の長机がコの字型に並んだ会議室のような場所。窓から差し込む夕日を背にし、彼女は椅子に座っていた。 彼女は含み笑いを浮かべ、口を開く。 「初めまして、救世主君。気分はどうかな?」 彼女のことを、腕を組み、壁に持たれながら見ていた男が、クスっと笑う。その笑い声に、彼女の眉がピクリ、と動いた。 ダン、と机を叩き、彼女は立ち上がる。靴を鳴らし、壁に寄り掛かる男に詰め寄った。彼女の殺気立った顔は私に恐怖を与える。 「後はアンタがやりなさいよ!」 「お前が連れて来たんだろ? お前が面倒見ろよ」 「連れて来いって言ったのアンタだろ!」 「面倒見るとは言ってない」 「ふざけんなよ、テメー……」 二人が言い争うのを聞きながら、私は窓の外を眺める。四角い窓に切り取られた茜色の空は、笑いながら私を見ている。茜色の雲が、空をゆっくりと流れて行った。 「あの、私は……」 言い合いをしていた二人が私を見る。彼らは暫く私を見つめ、二人は互いに目を見合わせた。小声で何か話している。すると、彼女が私の方を向き、不自然な笑みを浮かべた。 「花音ちゃん。実は貴女にお願いがあるの」 「何でしょうか?」 「世界を救おう」 そう言った彼女の眼差しは鋭く、その表情は堅い。はっきりとした真剣さを、彼女は纏っている。この人の強さに、少し触れた気がした。でも、私は彼女みたいに強くない。姉さんを殺されて、私はこれ以上、何も失いたくない。これ以上、両親を悲しませたくない。 「お断りします」 前へ |次へ |
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