《MUMEI》 異常と云う日常「何故? 今世界がどういう状況にあるか、解ってるでしょ?」 「はい」 「なら、協力して」 彼女の鋭い双眸は、真っ直ぐに私を見ていた。部屋に射し込む夕日は彼女の顔に影を落とす。 「嫌です」 「世界がどうなってもいいの? 私たちが救わなきゃいけないのよ」 「そんなの、貴女たちがやればいいじゃないですか!」 何が起きたのか、判らなかった。強い衝撃が、私の左頬に伝わる。彼女の右手が、其処にあった。 「あの人はね……。アンタの姉さんは!」 彼女の声が震えている。再び、彼女の右手が振り上げられた。また来る。私は目を閉じた。 「もういいだろ」 男の声がした。 私は恐る恐る目を開ける。男が彼女の右手を掴んでいた。平手打ちを受けた頬が、じりじり、と痛む。 「だけど……」 彼女が男を睨んだ。 「だけど、あの人は……」 彼女の瞳には涙が滲む。その顔を見た刹那、私の心が締め付けられた。 「個人の問題だ」 「こんな時に個人もクソも無いんだよ!」 彼女はそう叫ぶと、男の手を振り解く。そして、荒々しく靴音を響かせて彼女は部屋を出た。強く閉められたドアの音が、いつまでも耳に残っていた。 沈黙が、この部屋には広がっている。外の道路を行き交う車のエンジン音が虚しく響いていた。 「すまんな」、と男が口を開く。彼は壁に寄り掛かると、黒いスーツの胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。その瞳は、窓の外。茜色の空に向けられる。 「アイツ、居たんだ」 紫煙の舞う会議室。彼の声が反響している。 「君のお姉さんが亡くなった現場に」 「……え?」 「二年前。君と同い年の時だ。アイツ……、美紅も君みたいに此処へ連れて来られ、無理矢理、救世主にさせられた」 やっぱり、あの人は救世主と呼ばれる存在。救世主って、もっと、ずば抜けた存在だと思っていた。『マトリックス』のネオみたいな、クールで、強くて……。窮地に陥った人々と、さっと救い、何処かへ去っていく。そんな存在だと思っていた。 「美紅は、君のお姉さんが亡くなったこと、今でも自分の所為だと思ってる」 でも、あの人は映画のスクリーンに見るような救世主じゃなくて、普通の女性。歳もたいして私と変わらない、等身大の救世主。そんな人が、世界を救う為に戦っている。 姉さんがあの人に世界を託した。妹の私が何もしないなんて、そんなの駄目だ。 前へ |次へ |
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