《MUMEI》

従業員用更衣室の、自分のロッカーを開けて、少しうんざりした。
商品の資料だとか、消臭スプレーだとか、いつかのイベントで使ったスカーフだとか、果てはいつ買ったか分からないようなお菓子だとか…それはもう様々な物で溢れかえっていた。

いつもなら見て見ないフリをして、そのまま帰ってしまう所だが、ロッカーを使用するのが今日で最後。だから今、このロッカーを空の状態にして、明け渡さなければならない。
結局、ロッカーの中の私物を片付けて空っぽにするだけで、相当な時間を費やしてしまった。
こうなる前になんでちゃんと整理しておかなかったのだろう…と後悔しながらゴミの分別をした。

いつも、そうなのだ。

毎日少しずつやっつければ良いものを、それを面倒に思って放っとくので、後々大変な事になってしまうのだ。いつも最後に苦労するのを分かっているのに、繰り返してしまうのは、本当に情けない。
そして残念だが、これは、掃除に限った事ではないのだった。

ようやくキレイになったロッカーを眺めて、私は満足し、得意げに微笑んだ。

中には何も入っていない。
それはまるで、私が初めてこのロッカーを譲り受けた時のようだった。

空になったその中を眺め、少ししんみりした気持ちになる。

この百貨店に入店してから、今日まで、本当に色々な事があった。もちろん、嬉しいこと、楽しいことばかりではない。悲しいこと、苦しいこと、悔しいこと…辛い経験の方が、或いは多いのかもしれない。

この、小さなロッカーの中に、間違いなく私の5年間の想い出が、確かにあった。

それに今、私は別れを告げる−−−。

「…お疲れさま」

ぽつんと呟き、ゆっくりドアを閉め、鍵をかけた。カチャン…と錠が閉じる音が悲しく聞こえる。
私はゆっくりと瞬いて、それから鍵穴から鍵を抜いて、ロッカーの扉を少しの間眺めて、身を翻し、更衣室から出た。


捨てきれない、たくさんの私物達−−例えば制服や貰った花束など−−を詰め込んだ、お気に入りのマーク・ジェイコブスのトートバッグを抱え、百貨店の総務課の事務所へ、ロッカーキーを返却したあと、私はようやく従業員出入口から外へ出た。

真冬ということもあり、夕方ながら外はもうずいぶん暗くなっていて、夜の街にネオンがキラキラと美しく輝いている。
夜空へ向かってそびえ立つデパートを見上げて立ち止まると、私は深いため息をついた。息が白く浮かび上がる。

今日で、最後。

はっきり言って、そんな実感はない。
うっかり、明日も普通にこの百貨店に出勤してしまうような気がする。
だって、5年間もそういう毎日を繰り返してきたのだ。
だが、肩にかかる荷物の重さが、その5年間全ての終わりを物語っていた。

私はまたため息をつく。
その時、ちょうどマナーモードにしていた携帯電話が震え出す。慌ててバッグの中から携帯を取り出して開くと、メールを一通受信していた。
慣れた手つきで携帯を操りメールを読む。

相手は、専門学校時代の友達である、木村玲子だった。

《お疲れ〜!!仕事、終わった?先にお店で待ってるね》

読み終えて、しまった!と思った。
仕事終わりに玲子と食事をする約束をしていたことを、すっかり忘れていたのだ。

感傷に浸る間もなく、私はバッグを抱え直し、一目散に約束したお店まで駆け出した。

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