《MUMEI》

朝早いということは、確かなのだろう。それにしては人の声が多い。
遠くから、こちらの部屋に近寄ってくる足音がする。一瞬、身を堅くしてから、すぐに力を抜いた。

この足音は、知っている。
ギシギシと乱暴なそれは、すぐに部屋の前まできて、とまった。

「開けるぞ。正吾。」

返事も待たず、障子は開かれる。俺が身体を起こしているのを見て、利光さんは意外そうに目を見開いた。
「起きてやがったのか。」
「はい。だれかさんの足音がうるさくて、目が覚めてしまいました。」

こんなふうに憎まれ口を叩けば、利光さんは苦虫を噛み潰したような顔をする。それも、特大の苦虫を。その様子がおもしろくて、小さく笑ってやった。

「着替えろ。仕事だ。」
「まだ朝早いと思うんですけど。何かあったんですか?」

とぼけてみると、今度は呆れたように眉を上げられる。
それくらい、自分で考えろと言いたいのだろう。無理をいう。あいにく、今の俺の頭は、悪夢やら何やらでぐちゃぐちゃだ。それでなくとも、寝起きの俺は、考え事に向いてない。

「俺は寝起きが悪いって、知ってるでしょう?」

そうして上目づかいに見上げる。利光さんは盛大なため息をついて、気分が悪そうに口を開いた。

「女が河で溺れ死んだ。しかも、若い女がな。」

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