《MUMEI》
マリッジ・ブルー
突然の問い掛けに私は少し驚きつつも、箸は絶対に止めず、「そうだよ」と答えた。

「高校2、3年の時、同じクラスだったの」

「当時の彼氏とか?」

すぐに切り返された問いに、私は首を横に振る。

「違うよ。あの頃は、ただの友達だった」

その返事に、玲子は目を丸くして、「そうなの?」と変に高い声を上げた。

「じゃ、どうやって婚約までこぎつけたのよ?」

私は綺麗に盛りつけられた、鯛のカルパッチョをつまみながら、「どうやってって…」と少し考え込んで、それから答えた。

「同窓会で再会してー、何か意気投合してさ。それがキッカケで付き合うようになってね〜。気づいたら婚約…って感じだね」

「何となく、フィーリングで」と、あっけらかんと付け加える。
玲子は呆れたようにため息をついたが、私の顔を覗き込み、淡く微笑んだ。彼女の優しい瞳に気づき、私は「なに?」と首を傾げると、玲子は小さな声で呟いた。

「もう、大丈夫なのね?」

私は、箸の動きを止めた。
大丈夫。
私の脳裏に、『あのひと』の顔がよぎる。
大丈夫…。
…『大丈夫』とは、一体どういう意味なのか?

「…何のこと?」

私は静かに箸を置いて、玲子の目を正面から見据えた。玲子は真剣な顔をし、私の目をしっかり見つめ返す。
そして、はっきりと、こう、言った。

「俊平のことよ」

私は一度瞬いた。玲子は続ける。

「もう、彼のこと、引きずってないのね…?」

やや強張った声に、聞こえた。
テーブルの上に置いている、玲子の手は固く握られていて、見ただけでも力が入っていることを感じさせた。
私は、もう一度瞬く。
そして、微笑んだ。

「やーだ、玲子ってば。いつの話してるのよ?」

明るい私の声に、玲子はハッとする。私は彼女の肩をポンポンと軽く叩き、さらに言った。

「真面目な顔して、変なこと言わないでよ〜!びっくりするじゃん」

ひとしきりまくし立てた後、私は箸を料理皿に延ばした。玲子は私の様子に少し戸惑ったようで、「瑶子…」と呻くように私の名前を呼んだ。

「あのね、実は…」

「あ!チーズ盛り合わせ食べたい!」

玲子が言いかけたのを、わざとらしく遮った。敢えて彼女の顔を見なくて済むように、大きなメニューを開いて。玲子は何か言いたそうな顔をしたが、それ以上何も言わなかった。


聞きたくなかった。
思い出したくなかった。

あの頃の『私』に、引き戻されるのは、
絶対に、嫌だった−−−。


「ねえ、ワイン飲まない?」

メニューから顔を上げた、私の突然の提案に、玲子はびっくりしつつも、素直に頷いた。私はニッコリ笑う。

「ロゼにしようか、キレイだし!玲子、ボトルいける?私、がっつり飲みたいんだよね〜」

「いいけど…」

「じゃ、決まり!」

答えるなり、私はすぐにテーブルの端に置かれた、店員の呼び出し鈴のボタンを押した。少しして個室を訪れた店員に、私は明るくワインを注文した。
その間ずっと、私の顔をじっと見つめる玲子の視線を、感じていた−−−。

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