《MUMEI》 拷問部屋義六が去ったあと、しばらくして官軍が近づいて来た。 先頭には三郎がいる。道案内役だろう。 麻美はだれが指揮を執っているのかを見た。 「…晴木」 招かざる客。 三郎が叫んだ。 「あ、麻美殿!」 「どこだ?」晴木が聞く。 「あそこです!」 晴木は眩しそうな目で麻美の姿を確認した。 「無事だったか?」 官軍の行列は止まり、三郎が走ってきた。 「麻美殿、無事だったんですか、良かった!」 三郎は麻美の手を取って喜んだ。 「ありがとう三郎」 しかし晴木は渋い顔をして麻美に聞いた。 「山賊の頭は?」 「…逃げられました」 「逃げられた?」 晴木の心の奥まで見抜くような目が憎い。 麻美は俯いた。 「おい」 「はっ」 大勢の兵士たちは一斉に四方に散り、山の中を探し始めた。 麻美は緊張した。義六が捕まれば、二人とも命はない。 「麻美殿」 「はい」 「いつ逃がした?」 この質問に三郎が怒った。 「失礼ですが晴木殿、麻美隊長は丸腰で怪我していたんですよ。山賊は刀を持っている。人質にされていたのに、逃がしたなんて、疑い過ぎです!」 だが、晴木は三郎には見向きもせず、尋問を続けた。 「追い剥ぎごとき、枝きれ一本あれば十分だろう」 「そこまでの腕は…」 「ないとは言わせん。道場でワシを二回も負かしたおなごだ」 「え?」三郎は目を丸くして驚いた。「晴木殿を!」 「そうだ」 「でも、あの山賊だって三十人の兵士を一人でなぎ倒した豪傑です」 「三郎」 「はい」 「三十人を倒したのは、山賊ではない」 麻美と三郎は言葉が出ない。 「一人も死んではいなかった。で、皆に聞いたが、ある者は天狗が出没したと言い、ある者は赤い大蛇だと言う」 赤い大蛇…。三郎は驚き、麻美は覚えがあるのか、唇を噛んだ。 晴木が話を続けた。 「とにかくまちまちなのだ。しかしこの世に妖怪などはおらん。ワシの思うに、この撹乱は忍者の仕業ではないかと」 「忍者?」 三郎は晴木の結論にも目を見開いた。麻美は忍者と聞いて身構えた。 「麻美殿。知り合いに忍者はいるか?」 「いません」即答した。 晴木が無言で麻美を見る。麻美も強気の目で見返した。 兵士たちが戻ってきた。 「いませんでした」 「そうか」 晴木は目線を麻美に向けたままだ。内心ほっとしたものの、顔には僅かでも出せない。 「麻美殿、取り調べを行うので、一緒に来てもらいたい」 「何を言ってるのですか晴木殿!」三郎は身分の違いを忘れて怒った。「怪我の手当てが先です」 「やめて三郎、大丈夫だから。私は何があったか報告する義務があるわ」 晴木はニヤリと笑った。 町へ帰り、麻美はすぐに取り調べ室に連れて行かれた。なぜか三郎が護衛に付いてくる。 晴木も三郎を咎めなかった。 取り調べ室の隣がこれ見よがしに拷問部屋になっている。 部屋の中央には吊すための縄があり、鞭や棒が置いてあった。 「では麻美殿、着ているものをすべて脱いでもらいたい」 三郎が噛みついた。 「罪人ではないのに、それはひど過ぎます!」 しかし麻美は怒った顔で着物を脱ごうとした。 「麻美殿!」 三郎が手で止めたので、麻美は驚いて顔を見た。 「脱ぐ必要はありません」 そう言う三郎に晴木が聞いた。 「あとで小刀でも出てきたら、三郎は責任を取れるのか?」 「縛り首にしても構いません」 「三郎」 体を張って庇う三郎に、さすがの麻美も胸が熱くなった。 「あまり逆らわないほうがいいよ」 「麻美殿が罪に問われる世の中ならば、生きていても無意味です」 「ははは」 晴木の嘲笑に麻美は腹を立てたが、義六を逃がしたことは事実なので、あまり強気に出れない。 「いいだろう。自由の身にはさせられないが、三郎」 「はい」 「麻美を個室に連れて行くが、見張りは三郎に任せる」 三郎は明るい笑顔に変わった。 「わかりました!」 麻美は個室に閉じ込められた。 前へ |次へ |
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