《MUMEI》
菊のうた
昼さがり。場所は江戸。
と言っても、町の中心から少し外れたところに、柳延寺はある。この寺には、その名に柳の文字がつきながら、柳の木は一本もない。理由はいろいろ聞くけれど、どれも確かとは言えなかった。

なぜだろう。この寺の庭には、たくさんの花や木々が植えられているのに・・・?

そんなことを思いながら、柳延寺の寺小姓、菊若は、縁側でひなたぼっこをしていた。寺小姓とは、寺のなかで住職等の世話をする、少年のことである。
菊若は、今年で働き始めて11年になる、16才の少年だった。

「暇ですねぇ、福丸。」

そういって、菊若はひざの上の白猫をなでた。
柳延寺には、福丸、菊若の他に、住職の円福、小僧の清楽が暮らしている。とても小さな寺なのだ。

そのくせ、建物はバカみたいに大きくて、掃除が面倒なんだけど・・・。

菊若はひとつため息をついてから、ゆっくり立ち上がった。
滑り落ちた福丸が、小さく鳴く。

「お客だよ。」

低い男の声がした。

「分かってますって。」

菊若は返事をしてから、表にむかって歩きだす。
福丸はもう一度鳴いてから、あとを追っていった。

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