《MUMEI》
忍者
晴木の打つ手は早かった。
人を呼ぶと何かを耳打ちした。男はすぐに走り去った。
夕暮れ時。
彩はいつもの黒装束ではなく、若い娘らしく華やかな着物を着て、師匠の道場へ向かって歩いていた。
「!」
狭い道で十人の男たちに前後を挟まれた。
「何ですか?」
彩はわざと怯えて見せたが、年配の男が言った。
「麻美を知ってるな?」
「あさ、みでございますか?」
「とぼけなくてもいい。おまえさんが忍者で、麻美と仲間だということは、調べがついている」
だが、彩は首をかしげた。
「忍者…って、だれがですか?」
男たちは彩の腕を左右から掴んだ。
「何をするんです?」
もがく彩に、男は言った。
「麻美が山賊をわざと逃がした罪で、百叩きの刑にされそうなんだ。助けたくねえか?」
彩も初耳だったので、内心穏やかではいられなかった。
「とにかく来るんだ。聞きたいことがある」
彩は従った。麻美の安否が気になる。それに、ここで屋根に飛び乗って逃げたら、自ら忍者だと言っているようなものだ。
彩も取り調べ室に連行された。隣にある拷問部屋を見て、さすがの彩も緊張した。
晴木が取り調べるが、十人の男たちが彩を見ていた。
くの一を甘く見ていない証拠だろうが、彩は呆れた。女一人に大袈裟過ぎる。
「彩殿」晴木が言った。
「あや?」
「とぼけなくてもいい。おまえさんが忍者でも、咎めたりはせん。武器をここに出してくれ」
晴木は机の上を指差した。
「武器なんか持っていません」
「間違いないか?」
「間違いありません」
晴木は彩に近づいた。
「あとで手裏剣でも出てきたら、隣の拷問部屋に直行だが、いいか?」
「はい」
晴木は笑みを浮かべた。
「では、着ているものをすべてここへ出してくれ」
男たちの目が怪しく光った。彩は顔を紅潮させて言った。
「殿方の前で、裸になることはできません」
「取り調べのためだ」
「では、着物の上から調べてください」
麻美に負けない美形の彩に、男たちは嫌らしい妄想を逞しくしていた。
しかし、晴木が自ら取り調べるので、皆は見ているだけだ。
晴木は遠慮なく彩の体を調べた。
「ないかあ」
独り言のように呟くと、晴木は彩から離れた。彼女はほっと胸を撫で下ろした。
ところが、晴木は思い出したように、彩の髪に手をやった。
「ちょっと…」
彩が慌てた。晴木は無遠慮に髪の中を調べた。
「ん?」
手裏剣らしきものが手に当たった。晴木は彩を睨んだ。拷問部屋直行は逃れられない。
彩も覚悟を決めて睨み返した。やれるものならやってみなさいと目が語っていた。
晴木は彩に背を向けると、男たちに言った。
「武器は見つからなかった」
「え?」
彩は耳を疑った。
晴木は彩を丁重に牢獄まで連れて行くと、見張りをしている兵士に言った。
「この人は罪人ではない。勘違いをしないように」
「はっ」
今度は彩に向かって言った。
「不便を感じたらこの者に申し付けてくれ」
彩は神妙な顔をして答えた。
「お心遣い、感謝します」
晴木は勝ち誇ったような笑顔になると、背を向けて去っていった。
(一本取られた。侮れない)
彩はゆっくり牢の中に入った。
「あ、お師匠さま!」
たながいるので驚きの声を上げた。
「彩…」
「お師匠さまもまさか取り調べを?」
目を丸くする彩に、たなはのんびり答えた。
「いいや、始めからこの牢へ入れられた」
彩は安心した。
「まさか彩は取り調べを受けたのか?」
師匠の目が危ない。再びポセイドンに変身されたら困るので、彩は方便を使った。
「私も、二三質問を受けただけです」
「そうか、良かった」
晴木はすでに次の手を打っていた。人を数人呼び、策を伝える。
「これで邪魔者はいなくなった。あとは各村に札を立て、麻美の公開拷問のことを幅広く伝えるのだ。できるだけ群集を集めろ」
晴木は、麻美に何をするつもりなのか。

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