《MUMEI》
私と彼の週末
物音に気づいて、いつの間にか閉じていた目をゆっくり開いた。

ぼんやりとした視界に、見慣れた部屋が映し出される。
何度か瞬きを繰り返して、この部屋がどこかすぐに見当がついた。

私が、ゆっくり半身を起こすと、聞き慣れた声が飛んできた。

「やっと起きたか!」

声が聞こえた方へ、視線を巡らせる。
私が寝ていたベットのすぐ横に、男が一人、雑誌を片手に座っていた。

彼は佐伯 啓介。高校時代の同級生。
そして今は、私の、婚約者だ。

啓介は微笑み、「おはよう」と爽やかな声で挨拶してくる。
まだ寝ぼけている私は、一度瞬き、呟いた。

「なんで啓介がここにいるの?」

さっきまで玲子と二人で仲良く呑んでいた筈なのに…。
私の第一声に、啓介はため息をついた。

「なんで、じゃないだろ。お前、飲みすぎなんだよ」

啓介の話によれば、突然彼の携帯に私から電話があり、「電車、無くなっちゃったから迎えに来て」と言ったそうだ。

「言われた店に行ってみたら、完全に酔っ払ってて、連れ出すのに苦労したよ。呼び出しといて、暴れるし喚くし…お前のダチに手伝って貰って、何とか車に押し込めてさ〜」

「世話の焼ける奴だな」と、怒られた。
記憶を辿ってみたが、覚えていない。
けれど啓介がそう言うのだから、嘘ではないだろう。
啓介は手にしていた雑誌を床に置き、その近くに置かれた私のトートバッグを指差しながら続けた。

「だいたい何なんだ、あの荷物。全部お前のって聞いて、ビビったよ。家出でもしてきたのかって思ったぞ」

私はトートバッグに目を遣った。
職場から持ち帰った、私物達が入っているバッグ。無惨に膨れ上がったそれを少し眺めてから、再び啓介を見遣り、呑気に答えた。

「…そんなとこかな」

啓介の深いため息が、しっかり聞こえた。




啓介とは高校の頃、クラスメートだった。
あの頃はあまり関わり合いがなく、当時の印象はほとんど覚えていない。

実際に啓介と仲良くなったのは、4年前。
高校3年のクラス会で再会してから。

22歳、社会人一年目だった。

クラス会には予想以上に人が集まった。
社会人になった人もいれば、まだ学生のひともいたので、昔とはまた違う雰囲気の友人達に懐かしさと戸惑いを感じたのを、よく覚えている。

貸し切ったお店の端の方で、数人の友人達と話をしながら食事をしていると、啓介が声をかけてきたのだ。

「櫻井さん、久しぶり。元気だった?」

いきなり親しげに話し掛けられたので、私は面食らった。あまり話した記憶もないのに、急にどうしたのだろうと思ったものだ。
不思議に思ったが、邪険にすることも出来ないし、せっかくのクラス会なのだから楽しみたいという気持ちもあったので、適当に返事をした。接客という仕事柄、当たり障りのない会話は、割と得意だった。

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