《MUMEI》

何となく会話が弾んでくると、友人達が気をきかせ、啓介に席を譲り、彼はまんまと私の隣を陣取った。
そのまま、会がお開きになるまで、啓介は私の横から離れなかった。

話の流れでお互いの連絡先を交換することになり、さらに別れ際には、個人的に会う約束までしてしまった。

それ以降、ポツリポツリとデートをするようになり、いつの間にか付き合うようになり、気づけばエンゲージリングを渡された。

「高校の頃から、瑶子のこと気になってたんだ。でも話をするキッカケがなくて…ずいぶん後悔した。だから、クラス会で姿を見つけた時、これが最後のチャンスかもしれないって思ったんだ」

私がリングを受け取った時、啓介はそう話してくれた。
照れる彼に、「そういえばあの時は、凄い勢いで喋ってたよね〜」とからかうと、啓介は「必死だったんだよ」と肩を竦めて笑った。

穏やかな啓介の笑顔を見て、私は、心の奥の方がじんわりと暖かくなっていくのを感じた。

それが、『安らぎ』だということに気づき、私は彼からリングを受け取った事が間違いではないことを、確信したのだった。




ダイニングで簡単な食事をとっている私に、洗面所で歯磨きしていた啓介がひょいと顔を覗かせる。

「これから、どっか行こうか?」

「せっかくだしさ」と彼が提案してきた。だが、私は眉をひそめる。

「仕事でしょ?サボるの?」

私の質問に、今度は啓介が眉をひそめた。

「…今日は、全国的に週末ですけれども」

さらに「仕事は休み」と付け足した。
そう言われて初めて、今日が土曜日であることを思い出す。接客業だと、平日も休日も関係ないため、どうしても曜日感覚が狂ってしまうのだ。
啓介は軽くため息をつき、「いつまで寝ぼけてんだよ!」と毒づくと、再び洗面所に引っ込んだ。
私は二、三度瞬いて、のろのろと食事を再開した。




ダラダラと身支度を済ませ、私と啓介は彼のアパートから出掛けた。
ドライブでも、と啓介は言ったのだが、どうも私の気分が乗らず、とりあえず駅に向かい、都心方面行きの電車に乗り込んだ。
土曜日ということもあり、車内は少し混雑していて、学生らしい若いカップルや親子連れ、お年寄りのグループなど、沢山の人が乗り合わせていた。
言うまでもなく、座席は全て埋まっていて、私達は隣同士で、吊り革につかまって立っていた。

「映画見に行くか?久々だろ?」

電車に揺られながら、啓介がまた提案してきたが、私は曖昧に唸ってみせた。映画という気分でもないのだ。
はっきり返事をしない私に、啓介は呆れたようなため息をついた。

「じゃ、どうする?山手に乗り換えて、日が暮れるまで何周も乗ってみる?」

笑うことすら困難な、啓介の下らな過ぎる冗談に私は黙り込んだ。啓介も諦めたように窓の外を見た。私も外の景色を眺め見る。

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