《MUMEI》

「どなたですかぁ?」

声をかけながら表に出る。戸口に立つ男を見て、菊若は目を大きく開いた。

珍しい人が来た。

平塚利光。江戸の町で働く、同心。つまり、刑事である。すらりと背が高く、切れ長の目が威圧感を与える。かなりの色男だが、どこか刀のような怖さがあった。
この男が柳延寺を尋ねることは、ほとんどない。

「よく俺が来たと、分かったな。今、声をかけようとしたところだ。」

不信そうにする利光に、菊若は小さく笑った。

「お客だと、教えてもらいましたから。」

そういいながら、菊若は心の中でため息をつく。

この人は、苦手だ。いつも不機嫌そうに、眉にシワをよせている。しかも、今日は特にシワが深い。
はっきり言って、怖い。

さっさと帰ってもらおう。
「すみませんが、今は私一人で留守番なんです。和尚さまなら夕方には・・・」 「いや、違う。」

利光は静かに、手を振った。何が、と菊若は首をかしげる。気まずそうに、利光は苦笑した。

「今日は、あんたに用があるんだ。」
「ふぇっ?」

菊若は思わず、すっとんきょうな声をあげる。

そんな。
なんで、この人と。

パニックをおこした菊若を尻目に、利光は低く呟いた。

「正吾のことで、話がある。」

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