《MUMEI》
無色の黒
 梟の身体から産み落とされた烏を連れ帰って翌日
ベッドにて眠る烏と、その傍らに寄り添い片時も離れまいとしている様な雲雀の姿を見、殺鷹は微かに肩を揺らす
珍しく雲雀の寝顔が穏やかで
烏が戻って来たことが余程嬉しかったのか、昨日は歓喜に騒ぎ
騒ぎ過ぎて疲れ、そのままソファで眠りこんでしまったのをベッドへと運んでやったのだった
まるで二人の子持ちになった様だと、殺鷹は二人の寝顔を眺めながら苦笑ばかりを浮かべる
「……」
笑う声に眼を覚ましてしまったのか、烏がゆるり眼を覚ます
横になったまま取り敢えず辺りを見て回した後、身を起こして
殺鷹の姿を捕らえるなり、烏の手が服の裾を掴んだ
「どうかしたのかい?」
「もう寝るの嫌だ。遊ぼ」
まるで子供の様な物言い
ソレに若干の違和感を殺鷹は覚え
烏の頬へと手を触れさせ、まじまじ顔を覗き見た
「たか、恐い顔だ」
懐かしい愛称で呼ばれ、その事が更に殺鷹に違和感を覚えさせる
警戒心ばかりだった険しい表情も影を潜め、今の烏には幼さすら見受けられた
その事に呆然と立ち尽くす事をしていると
烏はベッドから飛んで降り窓際へと向かう
両の手をガラスへと貼り付けると、懸命に外の方を見やった
「烏?」
何を見ているのかを問うてやり、殺鷹もそちらへと眼を向けてみれば
そこに在るのは相も変わらず白花の群れ
風に煽られ舞い飛ぶ花弁を、窓から身を乗り出し取ろうとする烏
落ちかけるその身体を、殺鷹が咄嗟に引き寄せていた
「危ないことをするものではないよ。ここから落ちれば無傷では済まないだろうからね」
「……たか!外行きたい、外!」
殺鷹の言う事など聞く事もせず、烏の興味はやはり外へ
どうしたものかと、殺鷹は困り顔だ
「……外は、恐いよ。烏」
どう言い聞かせていいのか分からずに居ると、目を覚ましたらしい雲雀が烏の傍へとゆるり歩み寄り
暫く無言で顔を見やった後
雲雀の小さな手が、烏の頬を軽い力で叩いていた
「……雲雀?」
「我儘、言っちゃ駄目。外は本当に恐いんだから」
「でも雲雀、僕……」
何かを言い返しかけて、だが烏は口を噤む
解った、と小さく頷くとソファへと腰を降ろし、不貞腐った様に膝を抱えた
「雲雀の、意地悪」
すっかり機嫌を損ねてしまい、烏はそっぽを向いてしまう
頬を膨らましているその様は、本当に子供そのものだ
「殺鷹、ちょっと来て」
期限が斜めになったままの烏はそのままに
雲雀は殺鷹の手を引いて部屋の外へ
後ろ手に戸を閉めると、雲雀はソレに身を凭れさせる
「どうか、したのかい?」
話す事を始めない雲雀へ
穏やかにソレを促してやる殺鷹
暫く無音の時が流れ、そして
「……烏を、外に出しちゃ駄目」
短く、それだけを言いきって
何故かを問いかけて、だが雲雀の深刻な表情にそれはやめた
わかった、と一言だけ返し、殺鷹は踵を返す
「何所、行くの?」
部屋を出て行こうとする殺鷹の背へと向けられる雲雀の声
首だけを僅かに振り向かせながら
「散歩だよ。外がどうなっているか、見て来ようと思ってね」
「……外は白花の世界。他には、何もない」
見る事などするだけ無駄だと言い切られ
殺鷹は苦笑を浮かべながら、それでも行ってくる、と外へ
出てみれば、まこと外は白の世界。一点の穢れもなく全てが純白だ
それ以外は何もないと解っていながら、それでも歩く事を始める
何の目的もなく唯歩いて
途中、鳥が羽ばたく音が聞こえその方を見やった
仲よさげに戯れる番の鳥
殺鷹が手を差し伸べれば、ヒトに慣れているのかその上へと乗り
寄り添い殺鷹の手の上で羽根を休めていた
「……こんな処に居てはいけないよ。もう行きなさい」
微かに手を浮かせてやれば二羽は飛び立つ
白花に満たされ、ほぼ色を失いかけたこの場所ではなく
逃れることのできる羽根がある内に、白に支配される事の決してない空へと
飛んで薄まっていく二羽の姿を眺め見るばかりだ

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