《MUMEI》

高層ビルが立ち並ぶ都内は、どこか無機質で味気ない。自然の生命力を感じさせない、この至って人工的な街に、沢山の人が溢れかえっているのだと思うと、不思議でならなかった。

黙ったまま、しばらくぼーっとしていると、やる気のない車掌による、車内アナウンスが流れた。

《次は、新宿ー、新宿です…山手線、中央線、総武線……ご利用の方はお乗り換えです》

いつ聞いてもだらけた抑揚だ。わざとこういう言い方をしているのだろうか。

そんな事を思っていると、車窓から近代的な建物の有名百貨店が見えてきて、私は思い付いた。

「次、降りよう!」

急に私が言い出したので、啓介は面食らったようだった。

「何?本気で山手乗るの?」

まだバカな事を言っている啓介を無視して、私はドアの前へ移動した。啓介も私の後を追う。
電車がホームに入り、停車するのと同時にドアが勢いよく開いた。私は先頭をきって、電車からホームへ降りる。そして、脇目もふらず、改札口に続く階段へ向かった。

「どこ行くんだよ?」

面倒臭そうな啓介の声が、背後から聞こえてきた。私は肩越しに振り返り、「デパート!」と答え、ニッコリ微笑む。

「プリティウーマンごっこ、しようよ」

啓介は眉をひそめて、「なんだよ、それ?」と尋ね返した。私は身体を反転させて、彼を正面から見た。

「ほら、映画のやつ。知らない?お金持ちの男が高級ブティックを貸し切って、娼婦を淑女に飾り立てるの」

「それは知ってる」

「私がジュリア・ロバーツで、啓介がハリソン・フォードね」

「男役はリチャード・ギアだよ」

「どっちでもいいよ。とにかく、ブティック行こう!いっぱい買ってね!」

「…お前、バカだろ。破産するって」

あっさり切り捨てられて、私はチッと舌打ちしてまた身を翻した。

「私の未来のダンナさんは、頼りがいがないわね」

「この先不安だわ…」と毒づいてやった。
すると、啓介はバカにしたように鼻で笑い、「その台詞、そのままそっくり返してやるよ」と言い放った。私は少しムッとする。
私達を運んできた電車が発車し、ホームを駆け抜けて行く。
私の隣に移動してきた啓介は、「電車も行っちゃったし…」と呟いた。

「とりあえず、デパート行くか。買い物したいし」

その言葉に、私は期待からパッと表情を明るくする。しかし、啓介は冷静な声で続けた。

「ブティックは行かないけど」

私は啓介の脇腹にパンチをお見舞いした。




休日だからだろうか。百貨店の中は、少し賑わいをみせていた。私が勤めていた百貨店も、土曜日のこの昼の時間帯は、割と混み合っていたから。
エントランスを抜けると、啓介は迷う事なく昇りエスカレーターへ向かって歩き出したが、私がそれを呼び止めた。
振り返った啓介は半眼で私を睨む。

「ブティックは絶対行かない」

一階にはエルメスやルイヴィトンなどのブティックがちらほらあったから、恐らくそう言ったのだろう。
しかし、私は「違うよ」とあっさり否定した。

「化粧品売場に寄っていい?クリームがなくなりそうなの」

啓介はそういう事なら、と二つ返事で承知してくれた。

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