《MUMEI》

女同士の世間話に飽きたのか、私達のその横で啓介が、沢山のフレグランスのディスプレイをじっと見つめて、感心したように「すっげー数だな」と、一人呟いた。
私と矢代さんは、彼の声にゆっくり振り返った。啓介は夢中になって棚を見つめている。

「ブルガリにドルガバ、ポール・スミス…クロエって、確か後輩が騒いでたな…あっ、瑶子!マーク・ジェイコブスもあるぞ!」

あまりに無邪気な彼の姿に、私は呆れた。矢代さんは「全部で12のブランドの香水を取り扱ってます」と朗らかに答えた。
啓介は矢代さんを見て、興奮した様子で尋ねる。

「これ、全部嗅ぎ分けられるんですか?」

呑気な啓介の質問に、私は彼の肩をどついてやった。

「あのねぇ〜、矢代さんはプロなのよ?失礼でしょ」

私の忠告に啓介は「そっか」とあっさり頷いた。そんな私達を見て、矢代さんはニッコリ笑う。

「私は、まだまだ勉強中ですから」

そう言うと、軽いため息をつく。

「前いたお店より、こっちの方が商品数多くって。覚えるの大変です」

言われてみれば、確かに香水のディスプレイ数が多いような気がする。
私は棚を見つめて、「前のお店に無かったブランドって、どれ?」と尋ねてみた。
私の問い掛けに、矢代さんは少し考えるようにして、「そうですね〜…」と呟きながらディスプレイの棚から一つ、香水瓶を手に取った。

「このブランドは、取り扱ってませんでした」

言いながら、その瓶を大理石のカウンターに置いた。

背の低い円形の、透明なガラスボトルに白でプリントされた、ブランド特有のチェック柄。そのてっぺんに付いているシルバーのキャップには、このブランドのアイコンが彫り込まれている。

そのキレイなボトルに満たされた、太陽の輝きを思わせるような、透明な明るい黄色の液体に、私は目がくぎづけになる−−−。

矢代さんは、優しい抑揚で、言った。

「ウィーク・エンドという香水です。こちらはレディースフレグランスで…」

私の隣で、啓介がそのボトルを覗き込み、説明を聞きながら、「へー」と声を上げた。

「『週末』って名前なんだ?」

矢代さんは「はい」と頷き、続けた。

「待ちに待った週末を、リラックスして過ごす…そんなイメージのもと、作られた香りなんです」

「それと」と彼女はさらに、もう一つ瓶を棚から取り出し、カウンターの上に並べ、「こちらがメンズフレグランスです」と囁くように言った。

透明のガラス製の円柱型の瓶に、同じように白のチェック柄。キャップも全く同じアイコン入りの、シルバーのもの。中に満たされている液体は涼やかなレモンイエロー。

「このウィーク・エンドはカップリングフレグランスで、女性用と男性用の二つがあります」

『カップリングフレグランス』とは同じ空間で、その二つの香りが存在しても、お互いを邪魔し合わず、極上の『香りのハーモニー』を生み出すのだ、と矢代さんは丁寧に説明してくれた。

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