《MUMEI》

とりあえず、と利光は寺の奥に通された。客間らしいそこからは、柳延寺の広い庭が見渡せる。
座布団をだしたあと、茶を出さなくてはと言って、菊若は襖の向こうに消えた。必要ない、という暇もない。
利光は、軽く息を吐く。あの若い少年と、話したことはほとんどない。
正吾と同じ年だったはずだから、7つほど下か。それにしては、幼く見える。
彼が自分を苦手なことには、薄々気付いていた。それでも・・・。

「すみません。こんなものしかなくて・・・。」
「いや、悪いな。」

茶を入れながら、菊若はちらちらと視線をよこしてきた。その仕草に、利光は薄く笑う。
猫のようだ。
色白な肌と大きな瞳は、白猫に似ていた。
同心という仕事柄、いろいろな噂が入ってくる。この寺稚児も、よく話題のまとになっていた。可愛くて食べてしまいたい、という遊廓の女なんていいほうだ。なかには、とある公家の男が金で買いたがっている、というものまである。
そんな話を聞くたび、正吾は眉をひそめたものだ。

「あの ・・・。」

首をかしげる菊若に、ふっと我に返った。自分にそんな趣味はないけれど、きれいだとはおもう。

「さっきも言った通り、今日は正吾のことではなしがある。」
「はい。」

するりと真剣になった少年の目を見て、正吾の必死な瞳を思い出した。

「「利光さん。」」

泣きそうな声を。
訴える華奢な指先を想って、胸が苦しくなる。
仲の良い菊若なら、何か知っているかもしれない。

正吾を、救ってやらなくては。

そんな気持ちにかられて、利光は唇を開いた。

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