《MUMEI》

「失礼します」

ふすまを開けると、堂々とした態度で、そこに座っていた。

「お帰り、凪沙」

「ただいまばあちゃん」

「こら!“女将”でしょうが!!」

¨にしのや¨女将、タエ。あたしのばあちゃん。

ばあちゃんは、2年前にじいちゃんが逝っちゃってから変わった。優しくなった。昔はめちゃめちゃ厳しかった。女将としての威厳がすごかった。でも、最愛のじいちゃんがいなくなってから、元気がなくなったのか、柔らかくなった。

じいちゃんには悪いけど、あたしは今のばあちゃんの方が好きだ。


「いいんだよ凉子。凪沙、ここにお座り。凉子も座りなさい」

あたしは座布団がしかれているところへ行き、正座した。

「凪沙、もうすぐ高校生も終わりだね。」

「そだね」

「楽しかったかい?」

「うん。最高に楽しかったよ。我が儘聞いてくれて、本当にありがとう。」

「いいんだよ。でだね、おまえは、卒業したらどうするんだい?」

きた。と思った。
あたしはこの日をずっと心待ちにしていたんだ。
ずっと。


「もちろん、修行始めるよ」

「凪沙っ…」

「いいのかい?」

「いいも何も、そういう約束で、高校生の間は修行は一切しないってことだったじゃん」

「凪沙、本当にいいの?」
「辛い仕事だよ、旅館の仕事は」

心配そうにあたしを見つめる2人。

「あたしを誰だと思ってんのさ。
あたしはね、2人が汗水流して働いてる姿を小さいときからずーっと見てきたんだ。それに、あたしは2人みたいな強い女になりたいんだよ」

言いながら頭を下げ始めた。

「凪沙っ…!」

「あたし西野凪沙は、これからの人生をこのにしのやのために捧げます。きっと立派な女将になる。だから…どうかご指導のほど、よろしくお願いします」

「っ…!」

母ちゃんの、泣く声が聞こえた。

「顔を、おあげ」

ゆっくりと、頭を上げた。
「中途半端は絶対許さない。甘えも必要ない。覚悟しな。…ありがとう、凪沙」
「っ…」

「凉子」

「はいっ…」

「おまえは、子を育てるのも上手だねぇ」

「っ…!
ありがとうございますっ…」

ばあちゃんと、ニカッと笑い合った。

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