《MUMEI》

「……下りなさい」

光は黙って下りてきた。
私の心当たりなんて夏祭りのあったこの神社以外知らない。


「…………俺が怖い?」

一メートルの距離を置いた私を指している。


「……分からない。」


「この木から落ちた後に、母さんは父さんに泣かされて本当に申し訳なくて……母さんのせいじゃないって、俺が悪いんだって、言えなくてごめん。あと、母さんの子が俺でごめん。」

光は横に並ぶと私より全然大きくて、でも小さい頃からの強張ると手を弄る癖は変わらない。


「手、力抜かない。」

つい、注意してしまう。
プロなら指先まで気を緩めてはいけない。


「……はい。」

光の弄っていた指は解けたが私の手を握る。


「…………」

夏祭りの時は離れないように私から光と手を繋いでいた。
二人、はぐれないように。



「迷惑?」

恐る恐る聞いてきた。


「……」

言葉に詰まる。
こんなに大きな手をしていたっけ……それとも私が小さくなった?


「千歳とはもう何も無いから……俺には国雄がいてくれる。母さんはいつも今も綺麗で自慢だ……、俺はもう高遠じゃなくていいよ……。母さんが良ければ一緒に暮らしたい。」

光は目元は私に似ていて、声はあの男に似ている。
こんな言葉を投げかけはしないけれど。


「じゃあ、出すわ。」

私のお守りを見せる。


「離婚届……」


「光が中学に上がる頃にはもう合意して書いてたの。ただ、持っているだけじゃただの紙切れだったわね。忘れてた。」

光の仕事が軌道に乗り始め、足を引っ張ることはしたくないからと理由を付けて持ち歩いていた。


「お疲れ様。」


「疲れてはないわよ。ちゃんと仕事もしてるし、彼氏もいるからね。……伊達に十何年も俳優・高遠光の美人母演じてきてる訳じゃ無いわ。」

光からの仕送りに仕事も充実してそれなりに楽しい生活していた。


「母さん、やっぱり俺の母さんだ……」

光は安堵したのか、笑いながら泣いていた。

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