《MUMEI》 「おかえりなさい。」 部屋中が芳しい薫りに包まれていた。 光の相手のホストの人は上着を脱ぎ、ネクタイを首の後ろに巻き付けている。 「あー、和風パスタ好きー」 光はフライパンの中を覗き込む。 「すいません、無断で調理してしまいました。」 ホストの方は手際よく私の座る椅子を導いてくれる。まるで高級ホテルのウェイターの優雅さだ。 「食べたい食べたい。皿出すね。」 光は皿にフライパンの中身を取り分け始めた。 何故私は息子とその彼氏(……ホスト……?)の作った手料理を三人で囲んで食べることになっているのか……。 「おいしひ……」 光はがつがつ口に運んで行く、ちゃんと噛んで食べてない。 「口に付いてる。あと、30回噛みなさいね。」 あ……恋人に先越された。 よく気の付く人だ、ただ者ではない。 「何処に付いてるの?」 反対側の頬を擦る光がもどかしい。 「……あ。」 手が勝手に動いて、付いていた汚れを拭っていた。 まるで、母親みたい。 ……母親なんだけれど。 「ありがとう。」 光の笑顔はお金になる。 私がそれだけの価値を見出だし今まで培ってきた。 ……私の息子。 「……あ、美味しい。」 おもむろに口に運んだ彼の手料理は非常に上質な味わいだった。 「そう、国雄のご飯ってなんでも美味しいんだよ!鍋なんか秘伝のダシとタレで、シメは雑炊にするんだ。」 「美味しい、それ絶対……羨ましい。」 私は料理苦手だから、最低限の物しか作れない。 「ちょ、期待させるようなこと言わない!……あ、お母さんも付いてますよ。」 私の頬に付いていた分を彼氏が取ってくれた。 ちょっと照れるのは、光の彼氏が独特の雰囲気を持っているからだ。 「……」 にしても、恥ずかしい。 「あ、ごめんなさい。つい手が。」 彼は素早く手を引っ込めた。 「気にせんでええよ……」 「……せんで ええ?」 しまった、出ていたか。 光には昔から言葉遣いを五月蝿く躾ているので敏感だ。 「……いや、小さい頃ね、住んでたからたまに出ちゃうの。」 今まで方弁が出ないように気をつけていたのに、何故か今日は出てしまった。 「素に戻ったんじゃないですか?」 「素に……」 確かに彼に言われたように光の前では気を張っていたかもしれない。 「なんか可愛いですね……」 ……可愛いなんてオバサンに言うものではない。なんだか言い慣れたお世辞だ。 「母さん、方弁教えてくれる?」 何……ヤキモチなの? 「貴方、騙されているんじゃないの?」 しまった、はっきり口に出てた。 「……光君のお陰で両親と和解出来たんです。彼には心を開かせる力がある、感動を与えられる。その力添えになりたい、傍に居たい、それじゃあ理由になりませんか?」 光にも似た引き込まれる目力がある。 「……ちゃらんぽらんなフリがお上手ね。」 「お母様も喧嘩のフリお上手です。流石、光の母。」 「喧嘩のフリ?」 光の前で余計な事を言わないで欲しい。 「お母様ね、光の事を怒っている訳じゃなくて光の事を思うあまりにどう接したらいいか戸惑っただけなんじゃないかと。」 「そ、そうなの?だって、父さんの相手の人と仲良くしてたし、千歳の事で憎んでいたよね?だから寮の中学に編入させたり……」 「……子供のしたことだわ。それに、何も分からなかったのでしょう?千歳は愛人の区別が付いていたから貴方との関係が発覚してからは切れました。嫌ってではなく千歳との関係が持続しないように寮に編入させたの。」 私、自分で思うより母性があったのかも……。 「くっ……国雄おかわりぃぃ……」 「光君、食べたいのか喜びたいのか泣きたいのかはっきりしなさいよ。あと、大葉除けたね?」 彼氏なのか母親なのか、女の私さえも負けたと思わせる良妻賢母ぶりだ。 光は無意識に母親を求めていたのか。 口にしたらなんてことないことばかりだった。私が気にしてた自尊心や世間体なんてのは蓋を開けてみたら空っぽだったし。 そんな私だけど……光が腐らなくて良かった、なんて思っている。 「……ふふ。」 声に出して笑っていた。 前へ |次へ |
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