《MUMEI》

私達はどこに座ろうか、キョロキョロしていると、後ろから、声を掛けられた。

「あれ?瑶子ちゃん?」

心に染み入るような、重厚な声。
名前を呼ばれ、私は振り返った。玲子もつられたように背後を見遣る。

そこに、俊平が立っていた。

彼は私の顔を確認すると、「偶然!」と嬉しそうに笑う。

「今日はもう終わり?」

彼の問い掛けに、私は首を振った。

「まだ授業あるんです。午後からみっちり6時半まで」

私の返事を聞き、俊平は「ソーゼツだな…」とおどけたように言った。

「頑張るね〜、瑶子ちゃん。感心、感心!」

ヘラヘラと笑う俊平の顔を見て、玲子は私に顔を寄せ、「どちらさん?」とそっと耳打ちした。私は玲子を真似て顔を寄せて、「さっき話したひと」と囁き返す。
玲子は興味無さそうに「ふぅん…」と唸ると、じろじろと俊平を見た。

「噂をすれば何とやら…か」

玲子がボソッと呟いた言葉を、俊平はしっかり拾う。

「噂って、なに?」

無邪気に俊平が聞いてきたのに対し、玲子はツンッと顔を背け、私は曖昧に笑って「なんでもない」と答えた。

それから何故か、私と玲子と、そして俊平の3人で売店で昼ご飯を買った後、カフェの窓側のテーブルを囲んだ。

それぞれが食事を食べている間、相変わらず玲子は不機嫌で、俊平の顔を見ようとはしないし、俊平は俊平で、全く気にする様子もなく、ただニコニコ微笑んでいた。

気まずい空気を何とかしたくて、私は笑顔を作り、「仏語科の友達なんです」と俊平に玲子を紹介した。玲子はやはり彼の目は見ず、「仏語科初級、木村 玲子」と素っ気なく私の言葉に続けた。

俊平はそんな玲子の顔を見て、にこやかに笑うと「初めまして」と、清々しい声で言った。

「英語科上級クラスの松嶋 俊平っていいます。よろしく」

きちんと挨拶した後、彼は「俊平でいいよ、俺も名前で呼んで良いかな、玲子ちゃん」と明るく笑った。
彼の話し方はとてもフランクで、それはより玲子の機嫌を悪くしたようだった。
玲子は一切返事をせず、窓の方へプイッと顔を背けてしまった。あからさまな彼女の態度に、俊平は私に顔を寄せ、囁いた。

「…もしかして、俺、変な事言った?」

私は「さあ?」と首を傾げて、玲子の横顔を見た。彼女は私の顔すら見ようとしなかった。

−−どうしたものやら…。

玲子は、何故怒っているのだろう。
訳が分からず、私がため息をつくと、俊平が「そういえば!」と何か思い出したように声を上げ、私の顔を覗き込む。

「この前さ、瑶子ちゃんと別れた後、ちょっと後悔したんだよね」

突然、俊平がそう口にしたので、私はびっくりした。後悔って、一体どうしたのだろう?

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