《MUMEI》

俊平は笑いながら、続けた。

「連絡先聞かないでサヨナラしちゃったからさ〜。帰りの電車の中で、それ思い出して思わず、しまった!って叫んじゃったよ」

大袈裟な言い方に、私は吹き出して笑った。「嘘ばっかり言って…」と笑いながら私が言うと、彼は「ホント、ホント!」と楽しげに笑った。

「教えてもらってもいいかな?」

私は彼のお願いに、わざとらしく「え〜?」と嫌がって見せる。本当は嬉しかったのに、彼との会話が、リアクションが楽しくて、つい彼をからかいたくなってしまうのだ。
口では嫌がりながら、私はバッグから携帯電話を取り出した。
彼も自分の携帯を手に取り、お互いに、連絡先を教え合おうとした時だった。

「いい加減にして下さい!」

玲子が突然、怒鳴ったので私はびっくりして固まってしまった。
彼女はジロッと俊平を睨み、今度はやや落ち着いた声で言った。

「ナンパなら、他当たって貰えます?女、バカにするのも大概にしてよ」

どうして良いのか分からず、私は呻くように「玲子…」と彼女を呼んだか、耳に届かなかったようだ。

「ヘラヘラして、バッカじゃないの?女探すヒマあるんなら、勉強したら?」

まくし立てる玲子を、俊平は冷めた目でじっと見据えた。感情が無い、瞳だった。

怒ってる、と思った。
あれだけ言われたら、いくら飄々とした俊平でも怒るのも当然かもしれない…。
ハラハラしながら、二人を見つめていると−−−。

俊平が、フッと微笑んだ。
いつもの、優しい微笑みだった。

彼は、言った。

「心配しなくても、瑶子ちゃんの一番の親友は、君だよ」

私は「は?」と首を傾げた。意味が分からない。しかし玲子は顔を赤らめて、一瞬、怯んだ。
彼は携帯をいじりながら、「俺、平和主義なんだよね〜」とヘラヘラ笑う。

「せっかく知り合えたんだし、仲良くしようよ、ね?」

俊平は顔を上げ、玲子の両目を覗き込むように、首を傾げてみた。
玲子は少し俯いて、黙り込んだ。落ち着いた彼女の様子を確認して、俊平は軽くため息をつく。そして、私を振り返った。

「じゃ、早速だけど、教えてよ」

私は何がなんだか分からないまま、とりあえず彼に私の携帯番号と、メールアドレスを教えた。そして彼も、彼の番号とアドレスを教えてくれた。

私達が携帯を操っている間、玲子は何も言わなかった。

「登録完了〜!」

携帯の画面を眺めて、呑気な声でそう言うと、俊平は私の顔を再び見つめ、笑った。

「これでいつでも連絡できる」

その台詞に、他意は無いのだ、とは思った。
だが、何だか少し恥ずかしくなり、私はまともに返事も出来ず、俯いた。

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