《MUMEI》

私の様子に俊平は首を傾げたが、次に俯いている玲子の顔を見た。そして、爽やかに言う。

「気に食わないかもしれないけどさ、俺は純粋に、仲良くしたいんだよね。瑶子ちゃんだけじゃなく、君とも…君達が女の子だから、とかじゃなくってさ」

そこで一度言葉を区切る。
俊平は、開いていた二つ折りの携帯をパチンと畳んだ。少し間を置いて、続けた。

「『同志』じゃん?俺達…」

同志、という言葉に、玲子は顔を上げた。私は瞬いて、「…『同志』?」と繰り返す。俊平は柔らかく微笑んで頷いた。

「自分の夢に向かって、すっげー努力して、学校で外国語を勉強してさ…もちろん、それぞれ目的は違うけど、お互いの苦しみとか喜びは、分かち合えるじゃん。それって凄い事だろ?」

俊平は伏し目がちになり、手元の携帯を見つめた。

「俺は、そういう繋がりを大切にしたい。どんなに微かな絆でも」

そこまで言って、彼は黙った。私はじっと俊平の睫毛を眺めていた。

大人だ、と感じた。
確かにヘラヘラしているが、彼の考え方や、振る舞いには、人間としての器の大きさを感じさせた。
6年しか、違わないのに。
どうして俊平は、こんなにおおらかなのだろう。

沈黙の後、玲子がかばんの中からおもむろに携帯を取り出した。俊平は顔を上げた。
彼女は、彼の顔を見ると携帯を見えるように掲げた。

「ケー番、教えてあげても良いですよ」

完全なる『上から目線』で言うと、玲子はニコッと笑った。最初はポカンとしていた俊平も、彼女の真意を読み取り、「教えて頂きましょーか」と言って、ニッと笑い返した。
二人の顔を見比べても、私はまだ状況が良く分からなかった。私だけ戸惑いながら、それでも私達の雰囲気が柔らかくなったので、ホッとした。


この日から、私達3人は急速に仲が深まっていった。あんなに彼を毛嫌いしていた玲子なんかは、勉強以外の相談もしているらしく、もしかしたら私よりも仲が良いかも…とモヤモヤした。
初めはお互いたどたどしく呼び合っていたのが、しばらくすると、ファーストネームで呼び捨てるようになった。

俊平は朗らかで、優しくて、私よりずっと大人だった。彼の話はとても面白いし、そこにいるだけで場が和んだ。

彼の人柄の良さは、英語科でも評判だったようで、カフェテラスで私達が談笑していると、彼のクラスメートが声をかけるシーンに度々遭遇した。
彼が私の知らないひとと話をしている姿を見かける度、何故か胸がざわめいた。
不安のような、寂しいような、何とも言えぬ複雑な気持ち。

それが一体どうしてなのか、分からずにいた。

期末試験を終えて、私は上級クラスにスキップした。これからまた、新しい一年が始まる…。
期待に胸を膨らませていた。


それから、すぐだった。
玲子が会社を辞め、パリへ旅立ったのは−−−。

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