《MUMEI》
遠く離れても
上級一年のクラスに進んだ私は、鬱屈とした毎日を過ごしていた。
レベルの違いに戸惑い、完全に授業についていけなくなってしまったのだ。

もうすぐ8月−−−。
学校は年度末を迎える。長い夏休みを過ごした後はすぐ新学期だ。今学期の試験をパスすれば、上級二年…最上級生になれるのだ。

昼休み、私はいつものようにカフェテラスで俊平がやって来るのを待っていた。
机の上にテキストを広げてはいるが、どうしても頭に入ってこない。
このままの調子では、フランス留学は疎か、来年に控えている卒業試験を受ける資格さえ、貰えないもしれない…。

試験を控えているというのに…余裕なんかない。落ちたらまた、上級クラスをやり直しになる。

今年の夏休みも、講習漬けになるのかなぁ…。


将来に不安を感じ、はあ…と深いため息をつく。

「ため息なんかついて、どうしたの?」

急に声をかけられて、私は驚き、顔を上げる。俊平も、私の驚きように面食らったようだった。

「へこんでんの?何かあった?」

彼の問い掛けに、私は笑顔を作って「別になにも」と首を振る。

スランプだなんて口が裂けても言いたく無かった。私のちっぽけなプライドが、弱音を吐く事を拒否していた。

俊平は「なら、良いけど」と答えると、向かい側の椅子に座った。

いつもなら、すぐにクラスであったことなどを話してくれるのに、俊平は黙ったまま、ずっと窓の外を眺めていた。
珍しく、真剣な眼差しで。

様子がおかしい。

私は何となく込み上げてきた不安を、必死に打ち消しながら、彼に微笑んだ。

「俊平こそ、どうかしたの?」

尋ねても、俊平は「んー?」と気の無い相槌を打つだけで、再び黙り込む。

機嫌、悪いのかな…。

そう簡単に考えて、私はそっとして置こうと、テキストを眺めた。

しばらく、黙ったままでいると、俊平が突然口を開いた。

「あのさー」

「…なあに?」

テキストに集中しているので私は俯いたまま、聞き返した。
俊平は、少し間を置いて、続ける。

「留学、決まったんだ」

私は顔を上げた。一瞬、理解出来なかった。
留学が、決まった…?

俊平の真剣な瞳は、私を見つめていた。
その瞳を見つめ返して、私は震える唇を動かした。

「…どこへ?」

情けないくらいに、尋ねる声が掠れてしまった。彼は、小さな声で答えた。

「ニューヨーク」

突然、周りの雑音が遠退き、無音になった気がした。
ニューヨーク…。
日本からどのくらいの距離にあるのだろう。想像もつかない。

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