《MUMEI》

俊平とはいつもメールで近況報告をしていた。
別れる時、手紙も電話も…と言っていたけれど、もっぱらお手軽なメールが、遠く離れてしまった私達を繋ぐツールとなっていた。

俊平のメールは、いつだって楽しそうだった。すっかり向こうの暮らしに馴染んで、満喫しているようだった。

彼のメールを読む度、私は何とも言え無い孤独感に襲われて、よく泣いた。


楽しそうな俊平が、知らないひとのように感じて。
永遠に近づけない、遠い存在になってしまうような、そんな気がして…。


いつか私の事を、忘れてしまうのではないか…。


そんな不安に押し潰されそうになり、ますます私の心情は荒れていく−−−。




−−−そんなある日。
玲子から電話があった。
彼女は相変わらずまだパリにいて、フランス語を勉強しているとの事だった。
コール音で目が覚めた私は、呂律がまわらない状態のまま電話に出たのだが。

「眠そうな声ねぇ。失礼なヤツ。せっかく電話したのに」

受話器越しに、開口一番、彼女はそう言って笑った。
フランスと日本では、時差が約7時間ある。
彼女の電話は日本時間で午前6時に掛かってきたから、向こうはだいたい午後11時の計算になる。

「学校のレポートが、やっと一段落してね。気づいたら、こんな時間になっちゃったのよ」

玲子はわざとらしく、深いため息をついた。
彼女は私と差し障りのない世間話をしてから、「ところで」と切り出した。

「メール読んだ…ゴメンね、すぐ返事出来なくて」

私は微かに笑い、「平気だよ」と答える。

「玲子が忙しいのは、分かってるから」

玲子は一瞬押し黙ってから、言った。

「…俊平と付き合ってたんだね」

「玲子がパリに行ってから、じきにね。でも、俊平もアメリカ行っちゃった…」

私の言葉に玲子は「そっか…」と呟く。私は堪らなくなり、まくし立てた。

「俊平、向こうの生活、楽しいみたい…前はそうでも無かったんだけど、最近は自分の話ばかりで、ちょっと…そういうの、つらい。俊平がどんどん遠くに行っちゃって、そのうち私のこと、忘れちゃうんじゃないかって、心配で」

私の言葉を黙って聞いていた玲子は、突然「でも…」と遮った。

「瑶子も分かってるよね?私達は…」

「分かってる」

今度は私が彼女の言葉を遮り、冷たく言った。

「分かってるよ。それぞれの目的の為に、頑張ってるんだもん。玲子も、俊平も」

「瑶子も、でしょ」

彼女が私の名前を付け足したが、私は何も答えなかった。今の怠惰な自分の姿を思うと、どうしても肯定することが出来なかった。

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