《MUMEI》

玲子は「…酷な言い方かもしれないけど」と続ける。

「私達には、それぞれの夢があって、それぞれに頑張ってる、そのさなかに出会った。向いている方向は違っても、目的が似ていたから、お互いに励ましたり、叱咤したりしたけれど…」

そこで一呼吸置いて、固い声で言った。

「所詮、『通りすがりのひと』なの」

後頭部を思い切り殴られたような衝撃を感じた。軽く目眩がして、受話器を持ったまま、足元がふらついた。

『通りすがりのひと』…?

玲子は淡々と続ける。

「私達は本来歩むべき道を、それぞれ歩き出しただけ。近い未来、いずれは離れ離れになることは分かってた筈でしょう?それくらいの覚悟は、瑶子にもあった筈」

私の唇がわなわなと震え出した。
玲子の声は執拗に私を追い詰めていく…。

「もちろん、別れるのは寂しいわよ。あんなに仲が良かったし…特に瑶子と俊平は付き合っていたんだから、尚更よね。でも、いじけてちゃダメなのよ。私も俊平も瑶子も違う人間なんだから…だから、進む道も違って当たり前」

震えはどんどん広がり、私の膝まで到達する。けれど玲子は、容赦しなかった。

「寂しいのは分かる。心細くなるのも当然。でも今、瑶子が考えることは、他にある筈だわ」

「…考えること?」

やっとのことで搾り出したその声は、誰が聞いても分かるくらい、震えていた。玲子は私のその声を聞き、躊躇したようだったが、意を決したように、言った。

「自分の将来を、もっと確かなものにするために、真剣に考えなさいよ」

それは、今、一番聞きたくない言葉だった。
私が、目を背け、逃げている問題に立ち向かえと、玲子は言っているのだ。

「恋愛が悪いって言ってるわけじゃないの。それが自分にとって、プラスになることだっていっぱいあるわ。でも、瑶子の場合は…」

少し間を置いて、彼女は言った。

「周りが見えなくなってるように感じるの。それは間違いなく、瑶子のためにならないと思う」

私のために、ならない。
呆然としている私の耳に、玲子の声が、響いた。

「…これは私の意見だから。結論は自分達で出して」

私は目を大きく開いた。
視界がだんだんと滲んでいく。
玲子が言わんとしていることは、分かっていた。

つまり、それは。

「夢のために、俊平と、別れた方が良いってこと?」

問い掛けに、玲子は肯定も否定もしなかった。ただ最後に、こう、続けた。

「…このままじゃ全部ダメになる。瑶子だけじゃなく、俊平も…そんな気がしてならないの」

ダメになる。私も、そして俊平も。

私は受話器を握りしめたまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。いつの間にか身体を襲っていた震えは消え、ただ空虚な思いが私の心に染み込んできた。

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