《MUMEI》 ボディガード愛梨は、ベッドの上でしばらく呆然としていた。 「どっから夢?」 彼女は自分の体を確認した。バスタオル一枚。そうだ。今のは夢だが、水着のまま誘拐され、監禁されたのは現実だ。 「ブログ、閉鎖しなきゃ」 愛梨はパソコンを開くと、自分のブログへ飛ぶ。パスワードを入れ、管理画面へ。 コメント8件という赤い文字。何とありがたいことか。 愛梨は震えた。 やはり閉鎖などできない。戦うべきか。しかし、今度監禁されたら許してはくれないだろう。 愛梨は迷った。 アニメのスーパーヒロインではない。拷問なんかされたら、謝ってしまうに違いない。普通の居酒屋の店員だ。 迷いに迷った挙げ句、相談することにした。 翌日。 小林店長はそわそわしていた。かわいい愛梨から、相談があると言われた。 彼女はいつもより1時間早く店に来る。 相談と言われて思い浮かぶのは金のことだった。 愛梨は一人暮らし。生活に困っているなら助けてあげてもいい。 困ったときはお互い様だ。金を出す代わりに説教するような愚は絶対にしないと、小林店長は自分を戒めた。 愛梨が来た。 「おはようございます」 「おはよう」 二人は向かい合ってすわった。 「愛梨チャン、相談って何?」 「はい」 かしこまる愛梨に、店長はふざけて言った。 「恋愛相談なら任せな。まさか不倫じゃないだろうね?」 「そんなんじゃありません」 愛梨に睨まれ、店長は苦笑した。 「じゃあ、ストーカー?」 「ストーカーより怖い」 「夜逃げなら手伝うぜ」 「たぶん見張られているからダメです」 冗談を本気で返され、店長は焦った。 「実は…」 愛梨は、小林店長にすべてを話した。 沈黙が部屋を包んだ。小林は腕組みして考え込んだ。 全く予想外の話だった。まるでアクション映画の出来事ではないか。 相手が危険過ぎる。関われば命懸けだ。妻子の顔が浮かんだ。しかし、愛梨も大切な妹か娘のような存在だ。 彼女はゆっくり話した。 「そこで考えたんですけど、ボディガードを雇いたいと思いまして」 「ボディガード?」 「はい」 「高いでしょう。雇えるお金あんの?」 「あるわけないじゃないですか」 小林店長は察知した。 「ボディガードかあ…」 「無理ならいいんです」 護衛をつけても危険過ぎる。店長は聞いた。 「ブログを閉鎖はしたくないんだな?」 愛梨は唇を噛んで俯いた。 「暴力に屈服しろと?」 そう言われると辛い。小林店長は膝を叩いた。 「やってやるって!」 「え?」愛梨は顔を上げた。 「優秀なボディガードを雇うよ」 「店長!」 愛梨は明るい笑顔を見せた。 「できればケビンコスナーみたいな素敵な人がいいんですけど」 「ボディガードはボブサップでしょう」 「えええ?」 「何がえーや?」 小林店長は早速ボディガードを探した。 平日の午後。 駅の改札口の前で、探偵事務所の宮川と待ち合わせをした。 愛梨は少しお洒落をして出かけた。 ブルーのワンピースは清楚なイメージをかもし出す。 人はあまりいない。 黒装束というか、全身黒のファッションに身を包んだ、二十歳前後の女の子がいる。 愛梨は彼女を観察した。 短い黒髪がよく似合っている。顔は小さく、ほとんどノーメイクの肌が綺麗な美少女だ。 その近くに冴えない中年がいる。黒縁眼鏡で、やや太い。ケビンコスナーにはほど遠かった。 だが待ち合わせ時間は過ぎている。 中年と目が合った。 (嘘…) 男が歩み寄る。 (来るな、来るなあ!) 「あのう」 「はい」 「叶愛梨さんですか?」 現実は厳しい。 「宮川さんですか?」 「はいそうです」宮川は笑った。 「初めまして、叶です」 「いやあ、小林店長から聞いていましたが、本当に素敵な方で驚きました」 「そんなこと」愛梨は目を伏せた。 「紹介しましょう、あきらです」 「え?」 いつの間にか、さっきの美少女が宮川の隣にいた。 前へ |次へ |
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