《MUMEI》
一時帰国
玲子の電話により、学校が休みだというのにその日は朝から夜まで家で引きこもった。何をするというわけでもなく、自室のベッドに腰掛け、ただひたすら呆然としていた。
春だというのに、部屋の中はひんやりとしていて、裸足だった私は、足の指先まで氷のように冷たくなっていたが、それが気温のせいだけではない事を、きちんと理解していた。

俊平と、別れる。

今まで考えたこともなかった。
どんなに遠く離れても、私達の絆は永遠で、決して断ち切れることはない。
果てしない距離や時差にも負けない繋がりが、私達の間には存在するのだと信じていた。

−−このままじゃ全部ダメになる。瑶子だけじゃなく、俊平も…。

玲子の言葉が何度となく脳裏に蘇る。
そして沸々と怒りが沸き上がるのを感じた。

その日のうちに、私のノートパソコンに玲子からフォローのメールが届いた。


*****


さっきは、キツイ言い方してゴメンね。
でも、今、道を見失ったら、二度と戻れないと思う。

ずっと「フランス語の通訳なりたい」って言ってたじゃない。
そのために、遊ぶのもガマンして、一生懸命勉強してたんでしょう?

瑶子の行く末が、心配で仕方ないです。

冷静に物事を考えてみて。
そうしたら、きっと、見えてくる筈だから…。

私が言えるのは、そのくらい。

それじゃ、またね。
健闘を祈ります。


玲子


*****


「何も知らないくせに…」

私はぽつりと呟いた。

玲子は、知らない。
私がどれだけ俊平の事を好きか。俊平がどれだけ私を大事にしてくれていたか。

何も知らないから、簡単に「別れろ」と言えるのだ。


私は決意した。


絶対、別れない。何があっても。
どんな時も、私達は、繋がっているのだから…。


私は乱暴にパソコンのマウスを操り、そのメールを削除した。


その夜は、眠れなかった。
怒りや悲しみや寂しさが心の中を掻き乱し、寝付くことが出来なかった。


しかし今にして思えば、それは私の幼過ぎる幻想にすぎなかったことを、後々、思い知るのだった。




玲子から電話があった数日後、夜中に突然、家の電話が鳴った。

同居している両親はすでに眠っていて、私は居間で一人、テレビの深夜番組を流し見ていた。
鳴り響くベルを聞きながら、こんな遅くに、一体誰だろうと不審に思ったが、両親が起きてしまうと面倒なので、仕方なく電話に出た。

頭のおかしいひとだったら、すぐに切ってしまえばいいし…。

そう簡単に考えて、私は受話器を取り、いつもするように、「もしもし、櫻井です…」と、幾分低い声で言った。

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